ニュースレター「サンゴ礁の自然環境」

2016年9月号

サンゴの運命や如何に!?
白化現象とは何か? 沖縄の浅海域に広く生息しサンゴ礁を形成する造礁サンゴは、「褐虫藻」という藻類の仲間と共生しています。サンゴは動物であり、自身の触手でプランクトンを捕食することもできるのですが、それだけではなく、共生している褐虫藻の光合成産物(有機物)も栄養源として利用しています。名前の通り、褐虫藻は褐色の単細胞であるため、サンゴの組織を潰して顕微鏡で観察するとつぶつぶの褐虫藻が見えます。白化現象とは、強光や高水温などといったストレスなどによって、この褐虫藻がサンゴの体内から抜け出すことで、サンゴの骨格が透けて白っぽく見えるようになる現象のことを指します。一般的に「白化している=死んでいる」と思われているかもしれませんが、実は、白化したサンゴもしばらくは生きています。しかし、白化状態が続き、サンゴが褐虫藻からの光合成産物を受け取れない期間が長く続くと、いずれサンゴは死んでしまいます。 1998年の大規模白化 サンゴの白化現象といえば、1998年に起こった世界的な大規模白化が有名です。この年の白化現象は、沖縄をはじめとして、フィリピンやインドネシア、オーストラリアのグレートバリアリーフなど、世界中のサンゴ礁域に深刻なダメージを与えました。沖縄においては、石垣・西表島にまたがり広域に発達したサンゴ礁域である石西礁湖、沖縄本島沿岸で特に白化が激しく、またその白化した種も多種にわたりました。サンゴ礁の内側に広がる浅い池のような礁池(イノー)では、ほとんどのサンゴが白化してしまったという話も、主に沖縄本島中北部を拠点として活動しているダイビングショップのガイドの方々が口にしていました。1998年は、白化したサンゴたちの多くがそのまま回復することなく死滅してしまいました。そのため、サンゴ礁生態系が受けた影響は非常に大きく、サンゴ自体のみならず、サンゴ礁に住む多くの生物が減少するか見られなくなりました。沖縄島を例にすると、2016年現在もごく一部の地域を除いて1998年以前の健全なサンゴ礁は戻ってきていません。 1998年の大規模白化の原因は、エルニーニョ現象が主な原因であったと言われています。気象庁の説明によると、「エルニーニョ現象とは、太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけて海面水温が平年より高くなり、その状態が1年程度続く現象」です。エルニーニョ現象が起こると、西部太平洋の熱帯域における海面水温が上昇すると言われています。前述の通り、サンゴは高水温がストレスとなるため、この現象が続くことで白化のリスクが著しく高まります。1997年から1998年にかけてエルニーニョ現象の状態が続いたことにより、1998年の大規模白化に繋がったと考えられています。 台風の恩恵 台風と聞くと、「自然災害」というイメージを抱く人がほとんどだと思います。特に、沖縄は「台風銀座」とも呼ばれるほど台風が多く、かつその勢力も強いため、毎年のように台風の被害にさらされます。ひとたび沖縄に来襲する壮絶な台風を体験してみれば、もはやその存在には恐怖しか覚えません。猛烈な台風ともなれば、街路樹が折れて空を舞い、車がひっくり返ることすらあります。台風は毎年、私たちの生活をかき回していきます。 しかし、台風がかき回すのは町中だけではありません。海中もしかりです。台風が来る夏は、サンゴにとって試練の時といえるでしょう。なぜなら、台風が作り出す強い波やうねりによって、物理的にサンゴが破壊されるからです。しかし、それはほとんどが局所的な被害であり、サンゴの絶滅には結びつきません。サンゴにとっての本当の試練とは、「高水温」です。沖縄の浅海域(サンゴの多い20m以浅)では、夏場の水温が30度を超えます。一般的に30度以上の水温が続くと多くのサンゴ(褐虫藻)はストレスを感じ白化現象が始まるとされています。そのため、多かれ少なかれ、沖縄では白化現象が毎年起きているのです。あれ?それでは、沖縄のサンゴが毎年の白化から生き残るのがそもそもおかしい感じがしますよね。実は、ここで台風が重要な役割を果たします。なんと、台風が沖縄周辺を通過することによって海水がかき混ぜられ、海水面の温度が下がるのです。よって、沖縄での白化現象の深刻度は台風に左右されるといえます。特に7−8月に来る台風は大変重要で、例えば、2013年では8月に沖縄を通過する台風がなかったため、県内各所で大規模な白化現象が見られました。沖縄のサンゴにとって台風がどれほど重要かわかってもらえるかと思います。 今年は台風の当たり年?? 「今年は台風が来ない」という言葉を天気予報やニュースなどで耳にします。8月に入り、台風の発生はハイペースになっていますが、去年と比べると圧倒的に発生数が少ないのは確かです。2015年は、7月末までで12号、8月半ばで14、15号まで発生していました(勿論、全ての台風が沖縄を直撃したわけではありませんが)。しかし、今年は7月末まで台風が一つも来ないという現状でした。8月半ばでは6号及び7号が本州や北海道に上陸し、8月末には、今までになかった進路で台風10号が日本を襲いました。ちなみに、今年の台風1号は7月3日で、台風一号の発生が7月までもつれたのは、1998年以来です。 我々の暮らしの面で言えば、今年は台風が少なく過ごしやすい夏です。しかし、1998年に起きた大規模白化級の白化現象が起こらないためにも、早急に台風が発生し、海水をかき混ぜてくれることを祈るばかりです。 人間にとっては嬉しくない台風ですが、サンゴ礁にとっては待ち遠しい台風。台風に限らず、自然が喜ぶ事と人間が喜ぶ事は、しばしば真逆になるのだなぁと感じました。 執筆者 久保村 俊己

2015年11月号

フジツボに魅せられて脚まねきが誘うフジツボの世界

2015年12月号

沖縄のカブトガニは夢か幻か

2016年2月号

沖縄の海への憧れから研究へ

2016年3月号

子供から学ぶハマダイコンの事実

2016年4月号

こどもたちに大人気のクワガタムシ!じゃあ、海のクワガタムシは?

2016年5月号

これであなたも魚通!?~方言から迫る沖縄の食用魚~

2016年6月号

タカラガイの世界

2016年7月号

-国際サンゴ礁学会ハワイ大会-体験記

2016年9月号

サンゴの運命は如何に!?

2016年10月号

海面に雪だるま!?

~ウミショウブの雄花~

2017年4月号

春の代名詞を知る

~沖縄と本土の桜の違いとは?~

2017年5月号

沖縄の熱いビール文化

~知られざるサンゴとビールの関係~

2017年6月号

月を感じる沖縄の生き物

2017年7月号

夜の海の派手な世界

2017年8月号

沖縄の海の現在と未来

2017年9月号

サンゴの一斉産卵から見る環境の変化

2017年10月号

知ってますか? スクガラス

2017年11月号

陸の中の海

ーアンキアライン洞窟にくらす不思議な生き物たちー

2018年2月号

「海と過ごした6年間〜サンゴの研究を通じて〜」

2018年3月号

サンゴの海の漁業

サンゴの運命や如何に!?
 ここ数か月、沖縄のあちこちで、エコツアーのガイドやダイビングのインストラクター、研究者など、多くの方々からサンゴの白化が見られるという話をよく耳にします。実際、7月30日付の琉球新報の一面記事では、石垣島や西表島、宮古島などの離島において、白化現象が確認・報告されています。また、8月18日付の記事では、沖縄本島の北部に位置する国頭地区でも白化現象が報告されています。さらに、普段私たちが大学の研究調査の場所として利用している大度海岸でも、白化に強い(白化が起こりにくい)種類のサンゴまでもが白化してきているようです(下記写真)。 それでは、なぜ今沖縄で白化現象が拡がっているのでしょうか?実はその答えは「台風」なのです。まずその説明に移る前に、白化現象とは何かからおさらいしましょう。
写真:塊状のハマサンゴ類(左写真)とキクメイシ類(右写真)の白化。塊状のサンゴは白化しにくい種類と言われていますが、どちらも顕著な白化が確認できます。
白化現象とは何か? 沖縄の浅海域に広く生息しサンゴ礁を形成する造礁サンゴは、「褐虫藻」という藻類の仲間と共生しています。サンゴは動物であり、自身の触手でプランクトンを捕食することもできるのですが、それだけではなく、共生している褐虫藻の光合成産物(有機物)も栄養源として利用しています。名前の通り、褐虫藻は褐色の単細胞であるため、サンゴの組織を潰して顕微鏡で観察するとつぶつぶの褐虫藻が見えます。白化現象とは、強光や高水温などといったストレスなどによって、この褐虫藻がサンゴの体内から抜け出すことで、サンゴの骨格が透けて白っぽく見えるようになる現象のことを指します。一般的に「白化している=死んでいる」と思われているかもしれませんが、実は、白化したサンゴもしばらくは生きています。しかし、白化状態が続き、サンゴが褐虫藻からの光合成産物を受け取れない期間が長く続くと、いずれサンゴは死んでしまいます。 1998年の大規模白化 サンゴの白化現象といえば、1998年に起こった世界的な大規模白化が有名です。この年の白化現象は、沖縄をはじめとして、フィリピンやインドネシア、オーストラリアのグレートバリアリーフなど、世界中のサンゴ礁域に深刻なダメージを与えました。沖縄においては、石垣・西表島にまたがり広域に発達したサンゴ礁域である石西礁湖、沖縄本島沿岸で特に白化が激しく、またその白化した種も多種にわたりました。サンゴ礁の内側に広がる浅い池のような礁池(イノー)では、ほとんどのサンゴが白化してしまったという話も、主に沖縄本島中北部を拠点として活動しているダイビングショップのガイドの方々が口にしていました。1998年は、白化したサンゴたちの多くがそのまま回復することなく死滅してしまいました。そのため、サンゴ礁生態系が受けた影響は非常に大きく、サンゴ自体のみならず、サンゴ礁に住む多くの生物が減少するか見られなくなりました。沖縄島を例にすると、2016年現在もごく一部の地域を除いて1998年以前の健全なサンゴ礁は戻ってきていません。 1998年の大規模白化の原因は、エルニーニョ現象が主な原因であったと言われています。気象庁の説明によると、「エルニーニョ現象とは、太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけて海面水温が平年より高くなり、その状態が1年程度続く現象」です。エルニーニョ現象が起こると、西部太平洋の熱帯域における海面水温が上昇すると言われています。前述の通り、サンゴは高水温がストレスとなるため、この現象が続くことで白化のリスクが著しく高まります。1997年から1998年にかけてエルニーニョ現象の状態が続いたことにより、1998年の大規模白化に繋がったと考えられています。 台風の恩恵 台風と聞くと、「自然災害」というイメージを抱く人がほとんどだと思います。特に、沖縄は「台風銀座」とも呼ばれるほど台風が多く、かつその勢力も強いため、毎年のように台風の被害にさらされます。ひとたび沖縄に来襲する壮絶な台風を体験してみれば、もはやその存在には恐怖しか覚えません。猛烈な台風ともなれば、街路樹が折れて空を舞い、車がひっくり返ることすらあります。台風は毎年、私たちの生活をかき回していきます。 しかし、台風がかき回すのは町中だけではありません。海中もしかりです。台風が来る夏は、サンゴにとって試練の時といえるでしょう。なぜなら、台風が作り出す強い波やうねりによって、物理的にサンゴが破壊されるからです。しかし、それはほとんどが局所的な被害であり、サンゴの絶滅には結びつきません。サンゴにとっての本当の試練とは、「高水温」です。沖縄の浅海域(サンゴの多い20m以浅)では、夏場の水温が30度を超えます。一般的に30度以上の水温が続くと多くのサンゴ(褐虫藻)はストレスを感じ白化現象が始まるとされています。そのため、多かれ少なかれ、沖縄では白化現象が毎年起きているのです。あれ?それでは、沖縄のサンゴが毎年の白化から生き残るのがそもそもおかしい感じがしますよね。実は、ここで台風が重要な役割を果たします。なんと、台風が沖縄周辺を通過することによって海水がかき混ぜられ、海水面の温度が下がるのです。よって、沖縄での白化現象の深刻度は台風に左右されるといえます。特に7−8月に来る台風は大変重要で、例えば、2013年では8月に沖縄を通過する台風がなかったため、県内各所で大規模な白化現象が見られました。沖縄のサンゴにとって台風がどれほど重要かわかってもらえるかと思います。 今年は台風の当たり年?? 「今年は台風が来ない」という言葉を天気予報やニュースなどで耳にします。8月に入り、台風の発生はハイペースになっていますが、去年と比べると圧倒的に発生数が少ないのは確かです。2015年は、7月末までで12号、8月半ばで14、15号まで発生していました(勿論、全ての台風が沖縄を直撃したわけではありませんが)。しかし、今年は7月末まで台風が一つも来ないという現状でした。8月半ばでは6号及び7号が本州や北海道に上陸し、8月末には、今までになかった進路で台風10号が日本を襲いました。ちなみに、今年の台風1号は7月3日で、台風一号の発生が7月までもつれたのは、1998年以来です。 我々の暮らしの面で言えば、今年は台風が少なく過ごしやすい夏です。しかし、1998年に起きた大規模白化級の白化現象が起こらないためにも、早急に台風が発生し、海水をかき混ぜてくれることを祈るばかりです。 人間にとっては嬉しくない台風ですが、サンゴ礁にとっては待ち遠しい台風。台風に限らず、自然が喜ぶ事と人間が喜ぶ事は、しばしば真逆になるのだなぁと感じました。 執筆者 久保村 俊己
サンゴの運命や如何に!?
 ここ数か月、沖縄のあちこちで、エコツアーのガイドやダイビングのインストラクター、研究者など、多くの方々からサンゴの白化が見られるという話をよく耳にします。実際、7月30日付の琉球新報の一面記事では、石垣島や西表島、宮古島などの離島において、白化現象が確認・報告されています。また、8月18日付の記事では、沖縄本島の北部に位置する国頭地区でも白化現象が報告されています。さらに、普段私たちが大学の研究調査の場所として利用している大度海岸でも、白化に強い(白化が起こりにくい)種類のサンゴまでもが白化してきているようです(下記写真)。 それでは、なぜ今沖縄で白化現象が拡がっているのでしょうか?実はその答えは「台風」なのです。まずその説明に移る前に、白化現象とは何かからおさらいしましょう。
写真:塊状のハマサンゴ類(左写真)とキクメイシ類(右写真)の白化。塊状のサンゴは白化しにくい種類と言われていますが、どちらも顕著な白化が確認できます。
白化現象とは何か? 沖縄の浅海域に広く生息しサンゴ礁を形成する造礁サンゴは、「褐虫藻」という藻類の仲間と共生しています。サンゴは動物であり、自身の触手でプランクトンを捕食することもできるのですが、それだけではなく、共生している褐虫藻の光合成産物(有機物)も栄養源として利用しています。名前の通り、褐虫藻は褐色の単細胞であるため、サンゴの組織を潰して顕微鏡で観察するとつぶつぶの褐虫藻が見えます。白化現象とは、強光や高水温などといったストレスなどによって、この褐虫藻がサンゴの体内から抜け出すことで、サンゴの骨格が透けて白っぽく見えるようになる現象のことを指します。一般的に「白化している=死んでいる」と思われているかもしれませんが、実は、白化したサンゴもしばらくは生きています。しかし、白化状態が続き、サンゴが褐虫藻からの光合成産物を受け取れない期間が長く続くと、いずれサンゴは死んでしまいます。 1998年の大規模白化 サンゴの白化現象といえば、1998年に起こった世界的な大規模白化が有名です。この年の白化現象は、沖縄をはじめとして、フィリピンやインドネシア、オーストラリアのグレートバリアリーフなど、世界中のサンゴ礁域に深刻なダメージを与えました。沖縄においては、石垣・西表島にまたがり広域に発達したサンゴ礁域である石西礁湖、沖縄本島沿岸で特に白化が激しく、またその白化した種も多種にわたりました。サンゴ礁の内側に広がる浅い池のような礁池(イノー)では、ほとんどのサンゴが白化してしまったという話も、主に沖縄本島中北部を拠点として活動しているダイビングショップのガイドの方々が口にしていました。1998年は、白化したサンゴたちの多くがそのまま回復することなく死滅してしまいました。そのため、サンゴ礁生態系が受けた影響は非常に大きく、サンゴ自体のみならず、サンゴ礁に住む多くの生物が減少するか見られなくなりました。沖縄島を例にすると、2016年現在もごく一部の地域を除いて1998年以前の健全なサンゴ礁は戻ってきていません。 1998年の大規模白化の原因は、エルニーニョ現象が主な原因であったと言われています。気象庁の説明によると、「エルニーニョ現象とは、太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけて海面水温が平年より高くなり、その状態が1年程度続く現象」です。エルニーニョ現象が起こると、西部太平洋の熱帯域における海面水温が上昇すると言われています。前述の通り、サンゴは高水温がストレスとなるため、この現象が続くことで白化のリスクが著しく高まります。1997年から1998年にかけてエルニーニョ現象の状態が続いたことにより、1998年の大規模白化に繋がったと考えられています。 台風の恩恵 台風と聞くと、「自然災害」というイメージを抱く人がほとんどだと思います。特に、沖縄は「台風銀座」とも呼ばれるほど台風が多く、かつその勢力も強いため、毎年のように台風の被害にさらされます。ひとたび沖縄に来襲する壮絶な台風を体験してみれば、もはやその存在には恐怖しか覚えません。猛烈な台風ともなれば、街路樹が折れて空を舞い、車がひっくり返ることすらあります。台風は毎年、私たちの生活をかき回していきます。 しかし、台風がかき回すのは町中だけではありません。海中もしかりです。台風が来る夏は、サンゴにとって試練の時といえるでしょう。なぜなら、台風が作り出す強い波やうねりによって、物理的にサンゴが破壊されるからです。しかし、それはほとんどが局所的な被害であり、サンゴの絶滅には結びつきません。サンゴにとっての本当の試練とは、「高水温」です。沖縄の浅海域(サンゴの多い20m以浅)では、夏場の水温が30度を超えます。一般的に30度以上の水温が続くと多くのサンゴ(褐虫藻)はストレスを感じ白化現象が始まるとされています。そのため、多かれ少なかれ、沖縄では白化現象が毎年起きているのです。あれ?それでは、沖縄のサンゴが毎年の白化から生き残るのがそもそもおかしい感じがしますよね。実は、ここで台風が重要な役割を果たします。なんと、台風が沖縄周辺を通過することによって海水がかき混ぜられ、海水面の温度が下がるのです。よって、沖縄での白化現象の深刻度は台風に左右されるといえます。特に7−8月に来る台風は大変重要で、例えば、2013年では8月に沖縄を通過する台風がなかったため、県内各所で大規模な白化現象が見られました。沖縄のサンゴにとって台風がどれほど重要かわかってもらえるかと思います。 今年は台風の当たり年?? 「今年は台風が来ない」という言葉を天気予報やニュースなどで耳にします。8月に入り、台風の発生はハイペースになっていますが、去年と比べると圧倒的に発生数が少ないのは確かです。2015年は、7月末までで12号、8月半ばで14、15号まで発生していました(勿論、全ての台風が沖縄を直撃したわけではありませんが)。しかし、今年は7月末まで台風が一つも来ないという現状でした。8月半ばでは6号及び7号が本州や北海道に上陸し、8月末には、今までになかった進路で台風10号が日本を襲いました。ちなみに、今年の台風1号は7月3日で、台風一号の発生が7月までもつれたのは、1998年以来です。 我々の暮らしの面で言えば、今年は台風が少なく過ごしやすい夏です。しかし、1998年に起きた大規模白化級の白化現象が起こらないためにも、早急に台風が発生し、海水をかき混ぜてくれることを祈るばかりです。 人間にとっては嬉しくない台風ですが、サンゴ礁にとっては待ち遠しい台風。台風に限らず、自然が喜ぶ事と人間が喜ぶ事は、しばしば真逆になるのだなぁと感じました。 執筆者 久保村 俊己
サンゴの運命や如何に!?
 ここ数か月、沖縄のあちこちで、エコツアーのガイドやダイビングのインストラクター、研究者など、多くの方々からサンゴの白化が見られるという話をよく耳にします。実際、7月30日付の琉球新報の一面記事では、石垣島や西表島、宮古島などの離島において、白化現象が確認・報告されています。また、8月18日付の記事では、沖縄本島の北部に位置する国頭地区でも白化現象が報告されています。さらに、普段私たちが大学の研究調査の場所として利用している大度海岸でも、白化に強い(白化が起こりにくい)種類のサンゴまでもが白化してきているようです(下記写真)。 それでは、なぜ今沖縄で白化現象が拡がっているのでしょうか?実はその答えは「台風」なのです。まずその説明に移る前に、白化現象とは何かからおさらいしましょう。
写真:塊状のハマサンゴ類(左写真)とキクメイシ類(右写真)の白化。塊状のサンゴは白化しにくい種類と言われていますが、どちらも顕著な白化が確認できます。
白化現象とは何か? 沖縄の浅海域に広く生息しサンゴ礁を形成する造礁サンゴは、「褐虫藻」という藻類の仲間と共生しています。サンゴは動物であり、自身の触手でプランクトンを捕食することもできるのですが、それだけではなく、共生している褐虫藻の光合成産物(有機物)も栄養源として利用しています。名前の通り、褐虫藻は褐色の単細胞であるため、サンゴの組織を潰して顕微鏡で観察するとつぶつぶの褐虫藻が見えます。白化現象とは、強光や高水温などといったストレスなどによって、この褐虫藻がサンゴの体内から抜け出すことで、サンゴの骨格が透けて白っぽく見えるようになる現象のことを指します。一般的に「白化している=死んでいる」と思われているかもしれませんが、実は、白化したサンゴもしばらくは生きています。しかし、白化状態が続き、サンゴが褐虫藻からの光合成産物を受け取れない期間が長く続くと、いずれサンゴは死んでしまいます。 1998年の大規模白化 サンゴの白化現象といえば、1998年に起こった世界的な大規模白化が有名です。この年の白化現象は、沖縄をはじめとして、フィリピンやインドネシア、オーストラリアのグレートバリアリーフなど、世界中のサンゴ礁域に深刻なダメージを与えました。沖縄においては、石垣・西表島にまたがり広域に発達したサンゴ礁域である石西礁湖、沖縄本島沿岸で特に白化が激しく、またその白化した種も多種にわたりました。サンゴ礁の内側に広がる浅い池のような礁池(イノー)では、ほとんどのサンゴが白化してしまったという話も、主に沖縄本島中北部を拠点として活動しているダイビングショップのガイドの方々が口にしていました。1998年は、白化したサンゴたちの多くがそのまま回復することなく死滅してしまいました。そのため、サンゴ礁生態系が受けた影響は非常に大きく、サンゴ自体のみならず、サンゴ礁に住む多くの生物が減少するか見られなくなりました。沖縄島を例にすると、2016年現在もごく一部の地域を除いて1998年以前の健全なサンゴ礁は戻ってきていません。 1998年の大規模白化の原因は、エルニーニョ現象が主な原因であったと言われています。気象庁の説明によると、「エルニーニョ現象とは、太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけて海面水温が平年より高くなり、その状態が1年程度続く現象」です。エルニーニョ現象が起こると、西部太平洋の熱帯域における海面水温が上昇すると言われています。前述の通り、サンゴは高水温がストレスとなるため、この現象が続くことで白化のリスクが著しく高まります。1997年から1998年にかけてエルニーニョ現象の状態が続いたことにより、1998年の大規模白化に繋がったと考えられています。 台風の恩恵 台風と聞くと、「自然災害」というイメージを抱く人がほとんどだと思います。特に、沖縄は「台風銀座」とも呼ばれるほど台風が多く、かつその勢力も強いため、毎年のように台風の被害にさらされます。ひとたび沖縄に来襲する壮絶な台風を体験してみれば、もはやその存在には恐怖しか覚えません。猛烈な台風ともなれば、街路樹が折れて空を舞い、車がひっくり返ることすらあります。台風は毎年、私たちの生活をかき回していきます。 しかし、台風がかき回すのは町中だけではありません。海中もしかりです。台風が来る夏は、サンゴにとって試練の時といえるでしょう。なぜなら、台風が作り出す強い波やうねりによって、物理的にサンゴが破壊されるからです。しかし、それはほとんどが局所的な被害であり、サンゴの絶滅には結びつきません。サンゴにとっての本当の試練とは、「高水温」です。沖縄の浅海域(サンゴの多い20m以浅)では、夏場の水温が30度を超えます。一般的に30度以上の水温が続くと多くのサンゴ(褐虫藻)はストレスを感じ白化現象が始まるとされています。そのため、多かれ少なかれ、沖縄では白化現象が毎年起きているのです。あれ?それでは、沖縄のサンゴが毎年の白化から生き残るのがそもそもおかしい感じがしますよね。実は、ここで台風が重要な役割を果たします。なんと、台風が沖縄周辺を通過することによって海水がかき混ぜられ、海水面の温度が下がるのです。よって、沖縄での白化現象の深刻度は台風に左右されるといえます。特に7−8月に来る台風は大変重要で、例えば、2013年では8月に沖縄を通過する台風がなかったため、県内各所で大規模な白化現象が見られました。沖縄のサンゴにとって台風がどれほど重要かわかってもらえるかと思います。 今年は台風の当たり年?? 「今年は台風が来ない」という言葉を天気予報やニュースなどで耳にします。8月に入り、台風の発生はハイペースになっていますが、去年と比べると圧倒的に発生数が少ないのは確かです。2015年は、7月末までで12号、8月半ばで14、15号まで発生していました(勿論、全ての台風が沖縄を直撃したわけではありませんが)。しかし、今年は7月末まで台風が一つも来ないという現状でした。8月半ばでは6号及び7号が本州や北海道に上陸し、8月末には、今までになかった進路で台風10号が日本を襲いました。ちなみに、今年の台風1号は7月3日で、台風一号の発生が7月までもつれたのは、1998年以来です。 我々の暮らしの面で言えば、今年は台風が少なく過ごしやすい夏です。しかし、1998年に起きた大規模白化級の白化現象が起こらないためにも、早急に台風が発生し、海水をかき混ぜてくれることを祈るばかりです。 人間にとっては嬉しくない台風ですが、サンゴ礁にとっては待ち遠しい台風。台風に限らず、自然が喜ぶ事と人間が喜ぶ事は、しばしば真逆になるのだなぁと感じました。 執筆者 久保村 俊己
サンゴの運命や如何に!?
 ここ数か月、沖縄のあちこちで、エコツアーのガイドやダイビングのインストラクター、研究者など、多くの方々からサンゴの白化が見られるという話をよく耳にします。実際、7月30日付の琉球新報の一面記事では、石垣島や西表島、宮古島などの離島において、白化現象が確認・報告されています。また、8月18日付の記事では、沖縄本島の北部に位置する国頭地区でも白化現象が報告されています。さらに、普段私たちが大学の研究調査の場所として利用している大度海岸でも、白化に強い(白化が起こりにくい)種類のサンゴまでもが白化してきているようです(下記写真)。 それでは、なぜ今沖縄で白化現象が拡がっているのでしょうか?実はその答えは「台風」なのです。まずその説明に移る前に、白化現象とは何かからおさらいしましょう。
写真:塊状のハマサンゴ類(左写真)とキクメイシ類(右写真)の白化。塊状のサンゴは白化しにくい種類と言われていますが、どちらも顕著な白化が確認できます。
白化現象とは何か? 沖縄の浅海域に広く生息しサンゴ礁を形成する造礁サンゴは、「褐虫藻」という藻類の仲間と共生しています。サンゴは動物であり、自身の触手でプランクトンを捕食することもできるのですが、それだけではなく、共生している褐虫藻の光合成産物(有機物)も栄養源として利用しています。名前の通り、褐虫藻は褐色の単細胞であるため、サンゴの組織を潰して顕微鏡で観察するとつぶつぶの褐虫藻が見えます。白化現象とは、強光や高水温などといったストレスなどによって、この褐虫藻がサンゴの体内から抜け出すことで、サンゴの骨格が透けて白っぽく見えるようになる現象のことを指します。一般的に「白化している=死んでいる」と思われているかもしれませんが、実は、白化したサンゴもしばらくは生きています。しかし、白化状態が続き、サンゴが褐虫藻からの光合成産物を受け取れない期間が長く続くと、いずれサンゴは死んでしまいます。 1998年の大規模白化 サンゴの白化現象といえば、1998年に起こった世界的な大規模白化が有名です。この年の白化現象は、沖縄をはじめとして、フィリピンやインドネシア、オーストラリアのグレートバリアリーフなど、世界中のサンゴ礁域に深刻なダメージを与えました。沖縄においては、石垣・西表島にまたがり広域に発達したサンゴ礁域である石西礁湖、沖縄本島沿岸で特に白化が激しく、またその白化した種も多種にわたりました。サンゴ礁の内側に広がる浅い池のような礁池(イノー)では、ほとんどのサンゴが白化してしまったという話も、主に沖縄本島中北部を拠点として活動しているダイビングショップのガイドの方々が口にしていました。1998年は、白化したサンゴたちの多くがそのまま回復することなく死滅してしまいました。そのため、サンゴ礁生態系が受けた影響は非常に大きく、サンゴ自体のみならず、サンゴ礁に住む多くの生物が減少するか見られなくなりました。沖縄島を例にすると、2016年現在もごく一部の地域を除いて1998年以前の健全なサンゴ礁は戻ってきていません。 1998年の大規模白化の原因は、エルニーニョ現象が主な原因であったと言われています。気象庁の説明によると、「エルニーニョ現象とは、太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけて海面水温が平年より高くなり、その状態が1年程度続く現象」です。エルニーニョ現象が起こると、西部太平洋の熱帯域における海面水温が上昇すると言われています。前述の通り、サンゴは高水温がストレスとなるため、この現象が続くことで白化のリスクが著しく高まります。1997年から1998年にかけてエルニーニョ現象の状態が続いたことにより、1998年の大規模白化に繋がったと考えられています。 台風の恩恵 台風と聞くと、「自然災害」というイメージを抱く人がほとんどだと思います。特に、沖縄は「台風銀座」とも呼ばれるほど台風が多く、かつその勢力も強いため、毎年のように台風の被害にさらされます。ひとたび沖縄に来襲する壮絶な台風を体験してみれば、もはやその存在には恐怖しか覚えません。猛烈な台風ともなれば、街路樹が折れて空を舞い、車がひっくり返ることすらあります。台風は毎年、私たちの生活をかき回していきます。 しかし、台風がかき回すのは町中だけではありません。海中もしかりです。台風が来る夏は、サンゴにとって試練の時といえるでしょう。なぜなら、台風が作り出す強い波やうねりによって、物理的にサンゴが破壊されるからです。しかし、それはほとんどが局所的な被害であり、サンゴの絶滅には結びつきません。サンゴにとっての本当の試練とは、「高水温」です。沖縄の浅海域(サンゴの多い20m以浅)では、夏場の水温が30度を超えます。一般的に30度以上の水温が続くと多くのサンゴ(褐虫藻)はストレスを感じ白化現象が始まるとされています。そのため、多かれ少なかれ、沖縄では白化現象が毎年起きているのです。あれ?それでは、沖縄のサンゴが毎年の白化から生き残るのがそもそもおかしい感じがしますよね。実は、ここで台風が重要な役割を果たします。なんと、台風が沖縄周辺を通過することによって海水がかき混ぜられ、海水面の温度が下がるのです。よって、沖縄での白化現象の深刻度は台風に左右されるといえます。特に7−8月に来る台風は大変重要で、例えば、2013年では8月に沖縄を通過する台風がなかったため、県内各所で大規模な白化現象が見られました。沖縄のサンゴにとって台風がどれほど重要かわかってもらえるかと思います。 今年は台風の当たり年?? 「今年は台風が来ない」という言葉を天気予報やニュースなどで耳にします。8月に入り、台風の発生はハイペースになっていますが、去年と比べると圧倒的に発生数が少ないのは確かです。2015年は、7月末までで12号、8月半ばで14、15号まで発生していました(勿論、全ての台風が沖縄を直撃したわけではありませんが)。しかし、今年は7月末まで台風が一つも来ないという現状でした。8月半ばでは6号及び7号が本州や北海道に上陸し、8月末には、今までになかった進路で台風10号が日本を襲いました。ちなみに、今年の台風1号は7月3日で、台風一号の発生が7月までもつれたのは、1998年以来です。 我々の暮らしの面で言えば、今年は台風が少なく過ごしやすい夏です。しかし、1998年に起きた大規模白化級の白化現象が起こらないためにも、早急に台風が発生し、海水をかき混ぜてくれることを祈るばかりです。 人間にとっては嬉しくない台風ですが、サンゴ礁にとっては待ち遠しい台風。台風に限らず、自然が喜ぶ事と人間が喜ぶ事は、しばしば真逆になるのだなぁと感じました。 執筆者 久保村 俊己