ニュースレター「サンゴ礁の自然環境」

2015年3月号

沖縄の生活に根付く海藻 沖縄で「ナチョーラ」(標準和名:マクリ)と呼ばれるこの紅藻の仲間は、日本各地では海人草(かいにんそう)と呼ばれており、九州から南西諸島にかけて分布しています。黒っぽい紫色をした高さ5〜15cmほどのふさふさした枝状の海藻です。沖縄では主に潮間帯の岩場に自生しており、リーフ内をシュノーケリングすると見かけることがありますが、数は多くありません。 このナチョーラですが、「一体これは食べ物なのか!?」と思わず言いたくなるような怪しい外見をしているため、見れば見るほど不思議な海藻です。また、現在では食品としてスーパー等で売られていることがほぼないため、多くの人にとって見たことも聞いたこともない海藻のはずです。しかし、なぜ現在身近で見ることがなくなってしまったのでしょうか? ナチョーラには、海人草にちなんだカイニン酸という有機化合物が含まれており、寄生虫である回虫を体内から駆除する薬効を持っています。そのため、かつてナチョーラは虫下しの特効薬として大変重宝され、日本全国でたくさん取引されていました。特に鹿児島県と沖縄県はナチョーラの生産地として有名で、主要な供給地でした。その利用法は、苦い味をごまかすため多くが煎じて飲む形でしたが、かつての沖縄では雑炊に入れたり汁物にしたりといろいろな方法で食べていたそうで、より工夫が感じられます。 産業的に価値のあったナチョーラでしたが、戦後の復興に伴い衛生環境が向上した結果、回虫が急速に減少、さらに虫下し用内服薬の開発が追い打ちをかける形で需要が激減してしまい、ついにはほとんど流通しなくなってしまいました。このように、ナチョーラの歴史を紐解くことで、沖縄の産業の変遷と暮らしの知恵をうかがい知ることが出来ます。 全国的に市場から姿を消してしまったナチョーラですが、未だに沖縄では細々と売られており、家庭で利用されています。国際通りから一本横道に入り牧志公設市場まで来ると、周囲の乾物屋の軒先ではオバアがまだナチョーラを売っている姿が見られます。かつての沖縄・日本の姿に思いを馳せる場所として国際通りを歩いて見るのもなかなか楽しめますよ。 海藻から見える沖縄の文化 沖縄の人々は、身近な自然から季節の恵みを受けて暮らし、その暮らしのひとつひとつに沖縄独特の「文化」が根付いています。海藻から見える沖縄の文化はとてもユニークであり、今でも脈々と生き続けているのがわかります。 それぞれの地域で海藻にまつわる文化や歴史を紐解くと意外な発見があるかもしれませんね!? 執筆者 河村 伊織
沖縄の生活に根付く海藻
食用になる沖縄の海藻 今や、「モズク」や「ウミブドウ」は沖縄を代表する食用の海藻として大変有名で、一度は耳にしたことのある方が殆どだと思います。最近では、日本各地のスーパーや沖縄物産店でも手に入れることが出来るため、日々の食卓を彩る食材としてますます一般的になりつつあります。 ところが、沖縄で食べられている海藻にはモズクやウミブドウ以外にも実はまだまだたくさんあります。そして、それぞれの海藻には昔から沖縄ならではのユニークな利用法があり、今でもそれが守られています。今回は、その例として「アーサ」と「ナチョーラ」を紹介したいと思います。 「冬の終わりと春の始まり」を象徴する「アーサ」
うちなーぐち(沖縄方言)で「アーサ」(標準和名:ヒトエグサ)と呼ばれるこの緑藻の仲間は、緑色で直径4〜 10cmほどの葉っぱ状の海藻です。分布は広く、本州の太平洋側から南西諸島にかけて見られます。沖縄では潮間帯付近の波が届くか届かないくらいの高さの岩場によく自生します。乾燥させたアーサは、日持ちがして風味がよいことから、沖縄の人々にはとても愛されています。特に、みそ汁にアーサを入れたアーサ汁が有名ですが、そのほかにもチップスやてんぷらなど様々な調理法があります。 アーサはまだ寒さの残る1月からだんだん春の兆しが見え始める3月にかけて繁茂します。そのため、アーサの収穫時期はまさに沖縄の「冬の終わりと春の始まり」を象徴しています。この時期には、地元のオバア(おばあさん)たちが寒さのなか大挙して近所の潮間帯に押し寄せ、手慣れた様子でアーサを収穫していく様子を各地でみることができます。 沖縄・奄美で見られる伝統行事「ハマウリ」(浜下り)は、旧暦三月三日に家族や集落の全員で一斉に浜に下り、海産物を採集することをいいますが、この時採集される海産物のひとつがアーサです。 アーサの収穫と伝統行事「ハマウリ」は沖縄の人々が季節の移り変わりを敏感に感じ取り、自然の恵みを利用してきた独自の文化を示しています。 現在では、北中城村漁協を筆頭に一部の漁協がアーサの胞子を網に植え付けてアーサの栽培を行っており、養殖アーサが一年を通して食べられるようになりました。養殖技術の発達により、アーサが食品産業として成立していることはひとえに素晴らしいと言えます。しかし、沖縄の人々が自ら浜に出向き、採集してそれを楽しむ文化は、人を自然に近づけさせ、その大切さを実際に学ぶ機会として非常に重要な役割を果たしています。アーサを取り巻く昔ながらの文化がいつまでも残るよう切に祈るばかりです。 知られざる海藻「ナチョーラ」の知られざる「薬効」
沖縄で「ナチョーラ」(標準和名:マクリ)と呼ばれるこの紅藻の仲間は、日本各地では海人草(かいにんそう)と呼ばれており、九州から南西諸島にかけて分布しています。黒っぽい紫色をした高さ5〜15cmほどのふさふさした枝状の海藻です。沖縄では主に潮間帯の岩場に自生しており、リーフ内をシュノーケリングすると見かけることがありますが、数は多くありません。 このナチョーラですが、「一体これは食べ物なのか!?」と思わず言いたくなるような怪しい外見をしているため、見れば見るほど不思議な海藻です。また、現在では食品としてスーパー等で売られていることがほぼないため、多くの人にとって見たことも聞いたこともない海藻のはずです。しかし、なぜ現在身近で見ることがなくなってしまったのでしょうか? ナチョーラには、海人草にちなんだカイニン酸という有機化合物が含まれており、寄生虫である回虫を体内から駆除する薬効を持っています。そのため、かつてナチョーラは虫下しの特効薬として大変重宝され、日本全国でたくさん取引されていました。特に鹿児島県と沖縄県はナチョーラの生産地として有名で、主要な供給地でした。その利用法は、苦い味をごまかすため多くが煎じて飲む形でしたが、かつての沖縄では雑炊に入れたり汁物にしたりといろいろな方法で食べていたそうで、より工夫が感じられます。 産業的に価値のあったナチョーラでしたが、戦後の復興に伴い衛生環境が向上した結果、回虫が急速に減少、さらに虫下し用内服薬の開発が追い打ちをかける形で需要が激減してしまい、ついにはほとんど流通しなくなってしまいました。このように、ナチョーラの歴史を紐解くことで、沖縄の産業の変遷と暮らしの知恵をうかがい知ることが出来ます。 全国的に市場から姿を消してしまったナチョーラですが、未だに沖縄では細々と売られており、家庭で利用されています。国際通りから一本横道に入り牧志公設市場まで来ると、周囲の乾物屋の軒先ではオバアがまだナチョーラを売っている姿が見られます。かつての沖縄・日本の姿に思いを馳せる場所として国際通りを歩いて見るのもなかなか楽しめますよ。 海藻から見える沖縄の文化 沖縄の人々は、身近な自然から季節の恵みを受けて暮らし、その暮らしのひとつひとつに沖縄独特の「文化」が根付いています。海藻から見える沖縄の文化はとてもユニークであり、今でも脈々と生き続けているのがわかります。 それぞれの地域で海藻にまつわる文化や歴史を紐解くと意外な発見があるかもしれませんね!? 執筆者 河村 伊織
沖縄の生活に根付く海藻
食用になる沖縄の海藻 今や、「モズク」や「ウミブドウ」は沖縄を代表する食用の海藻として大変有名で、一度は耳にしたことのある方が殆どだと思います。最近では、日本各地のスーパーや沖縄物産店でも手に入れることが出来るため、日々の食卓を彩る食材としてますます一般的になりつつあります。 ところが、沖縄で食べられている海藻にはモズクやウミブドウ以外にも実はまだまだたくさんあります。そして、それぞれの海藻には昔から沖縄ならではのユニークな利用法があり、今でもそれが守られています。今回は、その例として「アーサ」と「ナチョーラ」を紹介したいと思います。 「冬の終わりと春の始まり」を象徴する「アーサ」
うちなーぐち(沖縄方言)で「アーサ」(標準和名:ヒトエグサ)と呼ばれるこの緑藻の仲間は、緑色で直径4〜 10cmほどの葉っぱ状の海藻です。分布は広く、本州の太平洋側から南西諸島にかけて見られます。沖縄では潮間帯付近の波が届くか届かないくらいの高さの岩場によく自生します。乾燥させたアーサは、日持ちがして風味がよいことから、沖縄の人々にはとても愛されています。特に、みそ汁にアーサを入れたアーサ汁が有名ですが、そのほかにもチップスやてんぷらなど様々な調理法があります。 アーサはまだ寒さの残る1月からだんだん春の兆しが見え始める3月にかけて繁茂します。そのため、アーサの収穫時期はまさに沖縄の「冬の終わりと春の始まり」を象徴しています。この時期には、地元のオバア(おばあさん)たちが寒さのなか大挙して近所の潮間帯に押し寄せ、手慣れた様子でアーサを収穫していく様子を各地でみることができます。 沖縄・奄美で見られる伝統行事「ハマウリ」(浜下り)は、旧暦三月三日に家族や集落の全員で一斉に浜に下り、海産物を採集することをいいますが、この時採集される海産物のひとつがアーサです。 アーサの収穫と伝統行事「ハマウリ」は沖縄の人々が季節の移り変わりを敏感に感じ取り、自然の恵みを利用してきた独自の文化を示しています。 現在では、北中城村漁協を筆頭に一部の漁協がアーサの胞子を網に植え付けてアーサの栽培を行っており、養殖アーサが一年を通して食べられるようになりました。養殖技術の発達により、アーサが食品産業として成立していることはひとえに素晴らしいと言えます。しかし、沖縄の人々が自ら浜に出向き、採集してそれを楽しむ文化は、人を自然に近づけさせ、その大切さを実際に学ぶ機会として非常に重要な役割を果たしています。アーサを取り巻く昔ながらの文化がいつまでも残るよう切に祈るばかりです。 知られざる海藻「ナチョーラ」の知られざる「薬効」
沖縄で「ナチョーラ」(標準和名:マクリ)と呼ばれるこの紅藻の仲間は、日本各地では海人草(かいにんそう)と呼ばれており、九州から南西諸島にかけて分布しています。黒っぽい紫色をした高さ5〜15cmほどのふさふさした枝状の海藻です。沖縄では主に潮間帯の岩場に自生しており、リーフ内をシュノーケリングすると見かけることがありますが、数は多くありません。 このナチョーラですが、「一体これは食べ物なのか!?」と思わず言いたくなるような怪しい外見をしているため、見れば見るほど不思議な海藻です。また、現在では食品としてスーパー等で売られていることがほぼないため、多くの人にとって見たことも聞いたこともない海藻のはずです。しかし、なぜ現在身近で見ることがなくなってしまったのでしょうか? ナチョーラには、海人草にちなんだカイニン酸という有機化合物が含まれており、寄生虫である回虫を体内から駆除する薬効を持っています。そのため、かつてナチョーラは虫下しの特効薬として大変重宝され、日本全国でたくさん取引されていました。特に鹿児島県と沖縄県はナチョーラの生産地として有名で、主要な供給地でした。その利用法は、苦い味をごまかすため多くが煎じて飲む形でしたが、かつての沖縄では雑炊に入れたり汁物にしたりといろいろな方法で食べていたそうで、より工夫が感じられます。 産業的に価値のあったナチョーラでしたが、戦後の復興に伴い衛生環境が向上した結果、回虫が急速に減少、さらに虫下し用内服薬の開発が追い打ちをかける形で需要が激減してしまい、ついにはほとんど流通しなくなってしまいました。このように、ナチョーラの歴史を紐解くことで、沖縄の産業の変遷と暮らしの知恵をうかがい知ることが出来ます。 全国的に市場から姿を消してしまったナチョーラですが、未だに沖縄では細々と売られており、家庭で利用されています。国際通りから一本横道に入り牧志公設市場まで来ると、周囲の乾物屋の軒先ではオバアがまだナチョーラを売っている姿が見られます。かつての沖縄・日本の姿に思いを馳せる場所として国際通りを歩いて見るのもなかなか楽しめますよ。 海藻から見える沖縄の文化 沖縄の人々は、身近な自然から季節の恵みを受けて暮らし、その暮らしのひとつひとつに沖縄独特の「文化」が根付いています。海藻から見える沖縄の文化はとてもユニークであり、今でも脈々と生き続けているのがわかります。 それぞれの地域で海藻にまつわる文化や歴史を紐解くと意外な発見があるかもしれませんね!? 執筆者 河村 伊織
沖縄の生活に根付く海藻
食用になる沖縄の海藻 今や、「モズク」や「ウミブドウ」は沖縄を代表する食用の海藻として大変有名で、一度は耳にしたことのある方が殆どだと思います。最近では、日本各地のスーパーや沖縄物産店でも手に入れることが出来るため、日々の食卓を彩る食材としてますます一般的になりつつあります。 ところが、沖縄で食べられている海藻にはモズクやウミブドウ以外にも実はまだまだたくさんあります。そして、それぞれの海藻には昔から沖縄ならではのユニークな利用法があり、今でもそれが守られています。今回は、その例として「アーサ」と「ナチョーラ」を紹介したいと思います。 「冬の終わりと春の始まり」を象徴する「アーサ」
うちなーぐち(沖縄方言)で「アーサ」(標準和名:ヒトエグサ)と呼ばれるこの緑藻の仲間は、緑色で直径4〜 10cmほどの葉っぱ状の海藻です。分布は広く、本州の太平洋側から南西諸島にかけて見られます。沖縄では潮間帯付近の波が届くか届かないくらいの高さの岩場によく自生します。乾燥させたアーサは、日持ちがして風味がよいことから、沖縄の人々にはとても愛されています。特に、みそ汁にアーサを入れたアーサ汁が有名ですが、そのほかにもチップスやてんぷらなど様々な調理法があります。 アーサはまだ寒さの残る1月からだんだん春の兆しが見え始める3月にかけて繁茂します。そのため、アーサの収穫時期はまさに沖縄の「冬の終わりと春の始まり」を象徴しています。この時期には、地元のオバア(おばあさん)たちが寒さのなか大挙して近所の潮間帯に押し寄せ、手慣れた様子でアーサを収穫していく様子を各地でみることができます。 沖縄・奄美で見られる伝統行事「ハマウリ」(浜下り)は、旧暦三月三日に家族や集落の全員で一斉に浜に下り、海産物を採集することをいいますが、この時採集される海産物のひとつがアーサです。 アーサの収穫と伝統行事「ハマウリ」は沖縄の人々が季節の移り変わりを敏感に感じ取り、自然の恵みを利用してきた独自の文化を示しています。 現在では、北中城村漁協を筆頭に一部の漁協がアーサの胞子を網に植え付けてアーサの栽培を行っており、養殖アーサが一年を通して食べられるようになりました。養殖技術の発達により、アーサが食品産業として成立していることはひとえに素晴らしいと言えます。しかし、沖縄の人々が自ら浜に出向き、採集してそれを楽しむ文化は、人を自然に近づけさせ、その大切さを実際に学ぶ機会として非常に重要な役割を果たしています。アーサを取り巻く昔ながらの文化がいつまでも残るよう切に祈るばかりです。 知られざる海藻「ナチョーラ」の知られざる「薬効」
沖縄で「ナチョーラ」(標準和名:マクリ)と呼ばれるこの紅藻の仲間は、日本各地では海人草(かいにんそう)と呼ばれており、九州から南西諸島にかけて分布しています。黒っぽい紫色をした高さ5〜15cmほどのふさふさした枝状の海藻です。沖縄では主に潮間帯の岩場に自生しており、リーフ内をシュノーケリングすると見かけることがありますが、数は多くありません。 このナチョーラですが、「一体これは食べ物なのか!?」と思わず言いたくなるような怪しい外見をしているため、見れば見るほど不思議な海藻です。また、現在では食品としてスーパー等で売られていることがほぼないため、多くの人にとって見たことも聞いたこともない海藻のはずです。しかし、なぜ現在身近で見ることがなくなってしまったのでしょうか? ナチョーラには、海人草にちなんだカイニン酸という有機化合物が含まれており、寄生虫である回虫を体内から駆除する薬効を持っています。そのため、かつてナチョーラは虫下しの特効薬として大変重宝され、日本全国でたくさん取引されていました。特に鹿児島県と沖縄県はナチョーラの生産地として有名で、主要な供給地でした。その利用法は、苦い味をごまかすため多くが煎じて飲む形でしたが、かつての沖縄では雑炊に入れたり汁物にしたりといろいろな方法で食べていたそうで、より工夫が感じられます。 産業的に価値のあったナチョーラでしたが、戦後の復興に伴い衛生環境が向上した結果、回虫が急速に減少、さらに虫下し用内服薬の開発が追い打ちをかける形で需要が激減してしまい、ついにはほとんど流通しなくなってしまいました。このように、ナチョーラの歴史を紐解くことで、沖縄の産業の変遷と暮らしの知恵をうかがい知ることが出来ます。 全国的に市場から姿を消してしまったナチョーラですが、未だに沖縄では細々と売られており、家庭で利用されています。国際通りから一本横道に入り牧志公設市場まで来ると、周囲の乾物屋の軒先ではオバアがまだナチョーラを売っている姿が見られます。かつての沖縄・日本の姿に思いを馳せる場所として国際通りを歩いて見るのもなかなか楽しめますよ。 海藻から見える沖縄の文化 沖縄の人々は、身近な自然から季節の恵みを受けて暮らし、その暮らしのひとつひとつに沖縄独特の「文化」が根付いています。海藻から見える沖縄の文化はとてもユニークであり、今でも脈々と生き続けているのがわかります。 それぞれの地域で海藻にまつわる文化や歴史を紐解くと意外な発見があるかもしれませんね!? 執筆者 河村 伊織
沖縄の生活に根付く海藻
食用になる沖縄の海藻 今や、「モズク」や「ウミブドウ」は沖縄を代表する食用の海藻として大変有名で、一度は耳にしたことのある方が殆どだと思います。最近では、日本各地のスーパーや沖縄物産店でも手に入れることが出来るため、日々の食卓を彩る食材としてますます一般的になりつつあります。 ところが、沖縄で食べられている海藻にはモズクやウミブドウ以外にも実はまだまだたくさんあります。そして、それぞれの海藻には昔から沖縄ならではのユニークな利用法があり、今でもそれが守られています。今回は、その例として「アーサ」と「ナチョーラ」を紹介したいと思います。 「冬の終わりと春の始まり」を象徴する「アーサ」
うちなーぐち(沖縄方言)で「アーサ」(標準和名:ヒトエグサ)と呼ばれるこの緑藻の仲間は、緑色で直径4〜 10cmほどの葉っぱ状の海藻です。分布は広く、本州の太平洋側から南西諸島にかけて見られます。沖縄では潮間帯付近の波が届くか届かないくらいの高さの岩場によく自生します。乾燥させたアーサは、日持ちがして風味がよいことから、沖縄の人々にはとても愛されています。特に、みそ汁にアーサを入れたアーサ汁が有名ですが、そのほかにもチップスやてんぷらなど様々な調理法があります。 アーサはまだ寒さの残る1月からだんだん春の兆しが見え始める3月にかけて繁茂します。そのため、アーサの収穫時期はまさに沖縄の「冬の終わりと春の始まり」を象徴しています。この時期には、地元のオバア(おばあさん)たちが寒さのなか大挙して近所の潮間帯に押し寄せ、手慣れた様子でアーサを収穫していく様子を各地でみることができます。 沖縄・奄美で見られる伝統行事「ハマウリ」(浜下り)は、旧暦三月三日に家族や集落の全員で一斉に浜に下り、海産物を採集することをいいますが、この時採集される海産物のひとつがアーサです。 アーサの収穫と伝統行事「ハマウリ」は沖縄の人々が季節の移り変わりを敏感に感じ取り、自然の恵みを利用してきた独自の文化を示しています。 現在では、北中城村漁協を筆頭に一部の漁協がアーサの胞子を網に植え付けてアーサの栽培を行っており、養殖アーサが一年を通して食べられるようになりました。養殖技術の発達により、アーサが食品産業として成立していることはひとえに素晴らしいと言えます。しかし、沖縄の人々が自ら浜に出向き、採集してそれを楽しむ文化は、人を自然に近づけさせ、その大切さを実際に学ぶ機会として非常に重要な役割を果たしています。アーサを取り巻く昔ながらの文化がいつまでも残るよう切に祈るばかりです。 知られざる海藻「ナチョーラ」の知られざる「薬効」
沖縄で「ナチョーラ」(標準和名:マクリ)と呼ばれるこの紅藻の仲間は、日本各地では海人草(かいにんそう)と呼ばれており、九州から南西諸島にかけて分布しています。黒っぽい紫色をした高さ5〜15cmほどのふさふさした枝状の海藻です。沖縄では主に潮間帯の岩場に自生しており、リーフ内をシュノーケリングすると見かけることがありますが、数は多くありません。 このナチョーラですが、「一体これは食べ物なのか!?」と思わず言いたくなるような怪しい外見をしているため、見れば見るほど不思議な海藻です。また、現在では食品としてスーパー等で売られていることがほぼないため、多くの人にとって見たことも聞いたこともない海藻のはずです。しかし、なぜ現在身近で見ることがなくなってしまったのでしょうか? ナチョーラには、海人草にちなんだカイニン酸という有機化合物が含まれており、寄生虫である回虫を体内から駆除する薬効を持っています。そのため、かつてナチョーラは虫下しの特効薬として大変重宝され、日本全国でたくさん取引されていました。特に鹿児島県と沖縄県はナチョーラの生産地として有名で、主要な供給地でした。その利用法は、苦い味をごまかすため多くが煎じて飲む形でしたが、かつての沖縄では雑炊に入れたり汁物にしたりといろいろな方法で食べていたそうで、より工夫が感じられます。 産業的に価値のあったナチョーラでしたが、戦後の復興に伴い衛生環境が向上した結果、回虫が急速に減少、さらに虫下し用内服薬の開発が追い打ちをかける形で需要が激減してしまい、ついにはほとんど流通しなくなってしまいました。このように、ナチョーラの歴史を紐解くことで、沖縄の産業の変遷と暮らしの知恵をうかがい知ることが出来ます。 全国的に市場から姿を消してしまったナチョーラですが、未だに沖縄では細々と売られており、家庭で利用されています。国際通りから一本横道に入り牧志公設市場まで来ると、周囲の乾物屋の軒先ではオバアがまだナチョーラを売っている姿が見られます。かつての沖縄・日本の姿に思いを馳せる場所として国際通りを歩いて見るのもなかなか楽しめますよ。 海藻から見える沖縄の文化 沖縄の人々は、身近な自然から季節の恵みを受けて暮らし、その暮らしのひとつひとつに沖縄独特の「文化」が根付いています。海藻から見える沖縄の文化はとてもユニークであり、今でも脈々と生き続けているのがわかります。 それぞれの地域で海藻にまつわる文化や歴史を紐解くと意外な発見があるかもしれませんね!? 執筆者 河村 伊織