ニュースレター「サンゴ礁の自然環境」

2016年6月号

タカラガイの世界

2015年12月号

沖縄のカブトガニは夢か幻か

2016年7月号

-国際サンゴ礁学会ハワイ大会-体験記

2017年9月号

サンゴの一斉産卵から見る環境の変化

左からセムシウサギとマメウサギ ソフトコーラル(ウミトサカの仲間)上に住むセムシウサギのつがい
ソフトコーラル(ヤギの仲間)上に住むツマニケボリ ソフトコーラル(ヤギの仲間)上に住むチヂワケボリ
ウミウサギは、一生ほとんどをソフトコーラルの上で過ごすため、ソフトコーラルを模した擬態はタカラガイ以上に本気度が高く、見た目はそっくりです。まさに衣・食・住全てがソフトコーラルに依存している興味深い例といえるでしょう。ほとんどの種がソフトコーラル(柔らかいサンゴの仲間、八放サンゴ亜綱)の上に生息し、それを食べます。ウミウサギは、一生ほとんどをソフトコーラルの上で過ごすため、ソフトコーラルを模した擬態はタカラガイ以上に本気度が高く、見た目はそっくりです。まさに衣・食・住全てがソフトコーラルに依存している興味深い例といえるでしょう。 タカラガイを取り巻く文化・歴史 タカラガイという名称はその名の通り「宝」の「貝」を意味し、かつてはアフリカ・インド・中国・太平洋の各地で通貨として用いられていました。通貨としてもっともよく利用されていたキイロダカラは、それにちなんで、学名Monetaria monetaの種小名monetaがmoney(通貨)を表しています。また、タカラガイがかつてお金として重用されたことから、金銭に関わる漢字には貝(カイ)偏(へん)がつくことが多いのです(例:貸、貯、財、貢、買、費、購、賭、貿、賄賂)。 一般にも知られているタカラガイのエピソードはまだまだ他にもあります。例えば、日本最古のおとぎ話である「竹取物語」にタカラガイが登場していることは有名です。作中で、かぐや姫が自らに求婚してきた男性達に持参するよう求めた五つの難題「仏の御石の鉢」、「蓬莱の玉の枝」、「火鼠の裘(かわごろも)」、「龍の首の珠」、「燕の産んだ子安貝」のうち、「子安貝」がタカラガイのことを指しています。「子安貝」とは一説にその形状が妊婦の腹のようであることや、下面から見ると女性器や目を連想させることから「安産をもたらす貝」を意味しているとされ、縁起物として大変重宝されたそうです。 現在におけるタカラガイの価値 タカラガイの美しさには確かに人々を魅了させる力があります。そして時にその美しさは人々を狂わせる(!?)ほどです。というのも、貝類のコレクションを趣味とする方々の間では、美しく、かつ手頃な種数(=集めやすい、分類しやすい)であるタカラガイはまさにコレクションの花形で、自分の自慢のコレクションに加えるために大枚をはたく人が少なくないのです。ヨーロッパやアメリカでは、タカラガイが貝類コレクターのマーケットに大量に流通しており、希少価値の高い種に関しては未だに10万円超えの値段が付くことが当たり前です。それでは試しに、貝類コレクターの間で有名な鳥羽水族館のネットショップを見てみましょう。思わずビビってしまうような高価な貝がごろごろしていますが、そのなかでも大型で重厚な貝殻と美しい模様を誇る、まさにタカラガイ貝の王様といるオウサマダカラ(学名Lyncina leucodon)には、20万円の値が付けられています…!かつては世界に10個体も採集されていないという種も多く、それこそ一個体で新車が一台買えるような信じられない値段が付けられていたこともあったそうです。ところが、現在は、フィリピンを中心とした幾つかの国で貝類コレクター向けに採集を行う漁師や業者が存在しており、価値の高い種(=流通量の少ない種)の乱獲→流通量が激増→値段が急落、といったことも起きているようです。現代のタカラガイ相場は朝令暮改さながらで、まさに複雑怪奇です。しかし、これが人間の「蒐集(しゅうしゅう)する」という行為の本質なのかもしれません。なぜなら、全く同じようなことがいたるところで起きているからです。例えば、昆虫コレクター、蘭(ラン科植物)コレクターなんかはコレクター市場も大きく、もっと熾烈な争い(!?)が繰り広げられています。 物事の価値は人間が決めるものかもしれませんが、そこに経済活動が関与することで、価値が決まる過程は複雑化します。おそらく、こんな奇妙なことがまかり通るのも宇宙広しとはいえ人間の世界だけかもしれません。こういった人間が織りなす自然との関わり合いの奇妙さも、生物を勉強する面白さの一つなのではないかと思います。 執筆者 河村 伊織
タカラガイの世界
 今回は、個人的にマニアックでディープだなと常々感じている「タカラガイ」を取り巻く世界についてのあれこれを、生物学的にだけでなく歴史や文化の面からも読み解いてみたいと思います。まず基本的な情報から見てみましょう。タカラガイは、軟体動物門タカラガイ科に属する貝類のことを指します。 熱帯・亜熱帯を中心に世界中に広く分布する貝類で、現在では約230種、日本からは90種弱が知られています。タカラガイの特徴は何といっても光沢のある表面と複雑な模様を持つ貝殻で、まさに海の宝石かのような美しさを誇ります。
筆者所有の沖縄産タカラガイのコレクション37種
タカラガイの生物学 〜外套膜の不思〜 なぜタカラガイは「光沢のある表面と複雑な模様の貝殻」を持つのでしょうか?その答えは「外套膜(がいとうまく)」と呼ばれる軟組織にあります。多くのタカラガイは夜間になると隠れていた穴から外に出て歩きまわりますが、その際に、この「外套膜」で貝殻全体を覆い隠すのです。これにより、貝殻が美しさを失う原因となる表面の傷、藻類やフジツボその他の生物の付着が妨げられるため、長く綺麗な状態を保つことができるのです。しかし、貝殻表面に着く汚れは、時に生存していく上で必要な場合もあります。例えば、傷や藻類が付いた貝殻は周囲の環境に視覚的に同化することで捕食者に見つかることを避けることができます。ですが、ご心配なく。タカラガイにだって策があります。タカラガイは「外套膜」が複雑な表面形状と模様を再現することで周囲に同化します。その擬態っぷりは徹底しており、「外套膜」を広げた個体を見つけることは非常に困難です。
日本最大種ムラクモダカラ 外套膜を広げたムラクモダカラ
タカラガイの親戚「ウミウサギ」 「ウミウサギ」は生物学的にはタカラガイに近い仲間とされ、同じく外套膜で貝殻を覆う特徴から美しい貝殻を持つことで知られています。ウミウサギはほとんどの種がソフトコーラル(柔らかいサンゴの仲間、八放サンゴ亜綱)の上に生息し、それを食べます。
左からセムシウサギとマメウサギ ソフトコーラル(ウミトサカの仲間)上に住むセムシウサギのつがい
ソフトコーラル(ヤギの仲間)上に住むツマニケボリ ソフトコーラル(ヤギの仲間)上に住むチヂワケボリ
ウミウサギは、一生ほとんどをソフトコーラルの上で過ごすため、ソフトコーラルを模した擬態はタカラガイ以上に本気度が高く、見た目はそっくりです。まさに衣・食・住全てがソフトコーラルに依存している興味深い例といえるでしょう。ほとんどの種がソフトコーラル(柔らかいサンゴの仲間、八放サンゴ亜綱)の上に生息し、それを食べます。ウミウサギは、一生ほとんどをソフトコーラルの上で過ごすため、ソフトコーラルを模した擬態はタカラガイ以上に本気度が高く、見た目はそっくりです。まさに衣・食・住全てがソフトコーラルに依存している興味深い例といえるでしょう。 タカラガイを取り巻く文化・歴史 タカラガイという名称はその名の通り「宝」の「貝」を意味し、かつてはアフリカ・インド・中国・太平洋の各地で通貨として用いられていました。通貨としてもっともよく利用されていたキイロダカラは、それにちなんで、学名Monetaria monetaの種小名monetaがmoney(通貨)を表しています。また、タカラガイがかつてお金として重用されたことから、金銭に関わる漢字には貝(カイ)偏(へん)がつくことが多いのです(例:貸、貯、財、貢、買、費、購、賭、貿、賄賂)。 一般にも知られているタカラガイのエピソードはまだまだ他にもあります。例えば、日本最古のおとぎ話である「竹取物語」にタカラガイが登場していることは有名です。作中で、かぐや姫が自らに求婚してきた男性達に持参するよう求めた五つの難題「仏の御石の鉢」、「蓬莱の玉の枝」、「火鼠の裘(かわごろも)」、「龍の首の珠」、「燕の産んだ子安貝」のうち、「子安貝」がタカラガイのことを指しています。「子安貝」とは一説にその形状が妊婦の腹のようであることや、下面から見ると女性器や目を連想させることから「安産をもたらす貝」を意味しているとされ、縁起物として大変重宝されたそうです。 現在におけるタカラガイの価値 タカラガイの美しさには確かに人々を魅了させる力があります。そして時にその美しさは人々を狂わせる(!?)ほどです。というのも、貝類のコレクションを趣味とする方々の間では、美しく、かつ手頃な種数(=集めやすい、分類しやすい)であるタカラガイはまさにコレクションの花形で、自分の自慢のコレクションに加えるために大枚をはたく人が少なくないのです。ヨーロッパやアメリカでは、タカラガイが貝類コレクターのマーケットに大量に流通しており、希少価値の高い種に関しては未だに10万円超えの値段が付くことが当たり前です。それでは試しに、貝類コレクターの間で有名な鳥羽水族館のネットショップを見てみましょう。思わずビビってしまうような高価な貝がごろごろしていますが、そのなかでも大型で重厚な貝殻と美しい模様を誇る、まさにタカラガイ貝の王様といるオウサマダカラ(学名Lyncina leucodon)には、20万円の値が付けられています…!かつては世界に10個体も採集されていないという種も多く、それこそ一個体で新車が一台買えるような信じられない値段が付けられていたこともあったそうです。ところが、現在は、フィリピンを中心とした幾つかの国で貝類コレクター向けに採集を行う漁師や業者が存在しており、価値の高い種(=流通量の少ない種)の乱獲→流通量が激増→値段が急落、といったことも起きているようです。現代のタカラガイ相場は朝令暮改さながらで、まさに複雑怪奇です。しかし、これが人間の「蒐集(しゅうしゅう)する」という行為の本質なのかもしれません。なぜなら、全く同じようなことがいたるところで起きているからです。例えば、昆虫コレクター、蘭(ラン科植物)コレクターなんかはコレクター市場も大きく、もっと熾烈な争い(!?)が繰り広げられています。 物事の価値は人間が決めるものかもしれませんが、そこに経済活動が関与することで、価値が決まる過程は複雑化します。おそらく、こんな奇妙なことがまかり通るのも宇宙広しとはいえ人間の世界だけかもしれません。こういった人間が織りなす自然との関わり合いの奇妙さも、生物を勉強する面白さの一つなのではないかと思います。 執筆者 河村 伊織
タカラガイの世界
 今回は、個人的にマニアックでディープだなと常々感じている「タカラガイ」を取り巻く世界についてのあれこれを、生物学的にだけでなく歴史や文化の面からも読み解いてみたいと思います。まず基本的な情報から見てみましょう。タカラガイは、軟体動物門タカラガイ科に属する貝類のことを指します。 熱帯・亜熱帯を中心に世界中に広く分布する貝類で、現在では約230種、日本からは90種弱が知られています。タカラガイの特徴は何といっても光沢のある表面と複雑な模様を持つ貝殻で、まさに海の宝石かのような美しさを誇ります。
筆者所有の沖縄産タカラガイのコレクション37種
タカラガイの生物学 〜外套膜の不思〜 なぜタカラガイは「光沢のある表面と複雑な模様の貝殻」を持つのでしょうか?その答えは「外套膜(がいとうまく)」と呼ばれる軟組織にあります。多くのタカラガイは夜間になると隠れていた穴から外に出て歩きまわりますが、その際に、この「外套膜」で貝殻全体を覆い隠すのです。これにより、貝殻が美しさを失う原因となる表面の傷、藻類やフジツボその他の生物の付着が妨げられるため、長く綺麗な状態を保つことができるのです。しかし、貝殻表面に着く汚れは、時に生存していく上で必要な場合もあります。例えば、傷や藻類が付いた貝殻は周囲の環境に視覚的に同化することで捕食者に見つかることを避けることができます。ですが、ご心配なく。タカラガイにだって策があります。タカラガイは「外套膜」が複雑な表面形状と模様を再現することで周囲に同化します。その擬態っぷりは徹底しており、「外套膜」を広げた個体を見つけることは非常に困難です。
日本最大種ムラクモダカラ 外套膜を広げたムラクモダカラ
タカラガイの親戚「ウミウサギ」 「ウミウサギ」は生物学的にはタカラガイに近い仲間とされ、同じく外套膜で貝殻を覆う特徴から美しい貝殻を持つことで知られています。ウミウサギはほとんどの種がソフトコーラル(柔らかいサンゴの仲間、八放サンゴ亜綱)の上に生息し、それを食べます。
左からセムシウサギとマメウサギ ソフトコーラル(ウミトサカの仲間)上に住むセムシウサギのつがい
ソフトコーラル(ヤギの仲間)上に住むツマニケボリ ソフトコーラル(ヤギの仲間)上に住むチヂワケボリ
ウミウサギは、一生ほとんどをソフトコーラルの上で過ごすため、ソフトコーラルを模した擬態はタカラガイ以上に本気度が高く、見た目はそっくりです。まさに衣・食・住全てがソフトコーラルに依存している興味深い例といえるでしょう。ほとんどの種がソフトコーラル(柔らかいサンゴの仲間、八放サンゴ亜綱)の上に生息し、それを食べます。ウミウサギは、一生ほとんどをソフトコーラルの上で過ごすため、ソフトコーラルを模した擬態はタカラガイ以上に本気度が高く、見た目はそっくりです。まさに衣・食・住全てがソフトコーラルに依存している興味深い例といえるでしょう。 タカラガイを取り巻く文化・歴史 タカラガイという名称はその名の通り「宝」の「貝」を意味し、かつてはアフリカ・インド・中国・太平洋の各地で通貨として用いられていました。通貨としてもっともよく利用されていたキイロダカラは、それにちなんで、学名Monetaria monetaの種小名monetaがmoney(通貨)を表しています。また、タカラガイがかつてお金として重用されたことから、金銭に関わる漢字には貝(カイ)偏(へん)がつくことが多いのです(例:貸、貯、財、貢、買、費、購、賭、貿、賄賂)。 一般にも知られているタカラガイのエピソードはまだまだ他にもあります。例えば、日本最古のおとぎ話である「竹取物語」にタカラガイが登場していることは有名です。作中で、かぐや姫が自らに求婚してきた男性達に持参するよう求めた五つの難題「仏の御石の鉢」、「蓬莱の玉の枝」、「火鼠の裘(かわごろも)」、「龍の首の珠」、「燕の産んだ子安貝」のうち、「子安貝」がタカラガイのことを指しています。「子安貝」とは一説にその形状が妊婦の腹のようであることや、下面から見ると女性器や目を連想させることから「安産をもたらす貝」を意味しているとされ、縁起物として大変重宝されたそうです。 現在におけるタカラガイの価値 タカラガイの美しさには確かに人々を魅了させる力があります。そして時にその美しさは人々を狂わせる(!?)ほどです。というのも、貝類のコレクションを趣味とする方々の間では、美しく、かつ手頃な種数(=集めやすい、分類しやすい)であるタカラガイはまさにコレクションの花形で、自分の自慢のコレクションに加えるために大枚をはたく人が少なくないのです。ヨーロッパやアメリカでは、タカラガイが貝類コレクターのマーケットに大量に流通しており、希少価値の高い種に関しては未だに10万円超えの値段が付くことが当たり前です。それでは試しに、貝類コレクターの間で有名な鳥羽水族館のネットショップを見てみましょう。思わずビビってしまうような高価な貝がごろごろしていますが、そのなかでも大型で重厚な貝殻と美しい模様を誇る、まさにタカラガイ貝の王様といるオウサマダカラ(学名Lyncina leucodon)には、20万円の値が付けられています…!かつては世界に10個体も採集されていないという種も多く、それこそ一個体で新車が一台買えるような信じられない値段が付けられていたこともあったそうです。ところが、現在は、フィリピンを中心とした幾つかの国で貝類コレクター向けに採集を行う漁師や業者が存在しており、価値の高い種(=流通量の少ない種)の乱獲→流通量が激増→値段が急落、といったことも起きているようです。現代のタカラガイ相場は朝令暮改さながらで、まさに複雑怪奇です。しかし、これが人間の「蒐集(しゅうしゅう)する」という行為の本質なのかもしれません。なぜなら、全く同じようなことがいたるところで起きているからです。例えば、昆虫コレクター、蘭(ラン科植物)コレクターなんかはコレクター市場も大きく、もっと熾烈な争い(!?)が繰り広げられています。 物事の価値は人間が決めるものかもしれませんが、そこに経済活動が関与することで、価値が決まる過程は複雑化します。おそらく、こんな奇妙なことがまかり通るのも宇宙広しとはいえ人間の世界だけかもしれません。こういった人間が織りなす自然との関わり合いの奇妙さも、生物を勉強する面白さの一つなのではないかと思います。 執筆者 河村 伊織
タカラガイの世界
 今回は、個人的にマニアックでディープだなと常々感じている「タカラガイ」を取り巻く世界についてのあれこれを、生物学的にだけでなく歴史や文化の面からも読み解いてみたいと思います。まず基本的な情報から見てみましょう。タカラガイは、軟体動物門タカラガイ科に属する貝類のことを指します。 熱帯・亜熱帯を中心に世界中に広く分布する貝類で、現在では約230種、日本からは90種弱が知られています。タカラガイの特徴は何といっても光沢のある表面と複雑な模様を持つ貝殻で、まさに海の宝石かのような美しさを誇ります。
筆者所有の沖縄産タカラガイのコレクション37種
タカラガイの生物学 〜外套膜の不思〜 なぜタカラガイは「光沢のある表面と複雑な模様の貝殻」を持つのでしょうか?その答えは「外套膜(がいとうまく)」と呼ばれる軟組織にあります。多くのタカラガイは夜間になると隠れていた穴から外に出て歩きまわりますが、その際に、この「外套膜」で貝殻全体を覆い隠すのです。これにより、貝殻が美しさを失う原因となる表面の傷、藻類やフジツボその他の生物の付着が妨げられるため、長く綺麗な状態を保つことができるのです。しかし、貝殻表面に着く汚れは、時に生存していく上で必要な場合もあります。例えば、傷や藻類が付いた貝殻は周囲の環境に視覚的に同化することで捕食者に見つかることを避けることができます。ですが、ご心配なく。タカラガイにだって策があります。タカラガイは「外套膜」が複雑な表面形状と模様を再現することで周囲に同化します。その擬態っぷりは徹底しており、「外套膜」を広げた個体を見つけることは非常に困難です。
日本最大種ムラクモダカラ
外套膜を広げたムラクモダカラ
タカラガイの親戚「ウミウサギ」 「ウミウサギ」は生物学的にはタカラガイに近い仲間とされ、同じく外套膜で貝殻を覆う特徴から美しい貝殻を持つことで知られています。ウミウサギはほとんどの種がソフトコーラル(柔らかいサンゴの仲間、八放サンゴ亜綱)の上に生息し、それを食べます。
左からセムシウサギとマメウサギ ソフトコーラル(ウミトサカの仲間)上に住むセムシウサギのつがい
ソフトコーラル(ヤギの仲間)上に住むツマニケボリ ソフトコーラル(ヤギの仲間)上に住むチヂワケボリ
ウミウサギは、一生ほとんどをソフトコーラルの上で過ごすため、ソフトコーラルを模した擬態はタカラガイ以上に本気度が高く、見た目はそっくりです。まさに衣・食・住全てがソフトコーラルに依存している興味深い例といえるでしょう。ほとんどの種がソフトコーラル(柔らかいサンゴの仲間、八放サンゴ亜綱)の上に生息し、それを食べます。ウミウサギは、一生ほとんどをソフトコーラルの上で過ごすため、ソフトコーラルを模した擬態はタカラガイ以上に本気度が高く、見た目はそっくりです。まさに衣・食・住全てがソフトコーラルに依存している興味深い例といえるでしょう。 タカラガイを取り巻く文化・歴史 タカラガイという名称はその名の通り「宝」の「貝」を意味し、かつてはアフリカ・インド・中国・太平洋の各地で通貨として用いられていました。通貨としてもっともよく利用されていたキイロダカラは、それにちなんで、学名Monetaria monetaの種小名monetaがmoney(通貨)を表しています。また、タカラガイがかつてお金として重用されたことから、金銭に関わる漢字には貝(カイ)偏(へん)がつくことが多いのです(例:貸、貯、財、貢、買、費、購、賭、貿、賄賂)。 一般にも知られているタカラガイのエピソードはまだまだ他にもあります。例えば、日本最古のおとぎ話である「竹取物語」にタカラガイが登場していることは有名です。作中で、かぐや姫が自らに求婚してきた男性達に持参するよう求めた五つの難題「仏の御石の鉢」、「蓬莱の玉の枝」、「火鼠の裘(かわごろも)」、「龍の首の珠」、「燕の産んだ子安貝」のうち、「子安貝」がタカラガイのことを指しています。「子安貝」とは一説にその形状が妊婦の腹のようであることや、下面から見ると女性器や目を連想させることから「安産をもたらす貝」を意味しているとされ、縁起物として大変重宝されたそうです。 現在におけるタカラガイの価値 タカラガイの美しさには確かに人々を魅了させる力があります。そして時にその美しさは人々を狂わせる(!?)ほどです。というのも、貝類のコレクションを趣味とする方々の間では、美しく、かつ手頃な種数(=集めやすい、分類しやすい)であるタカラガイはまさにコレクションの花形で、自分の自慢のコレクションに加えるために大枚をはたく人が少なくないのです。ヨーロッパやアメリカでは、タカラガイが貝類コレクターのマーケットに大量に流通しており、希少価値の高い種に関しては未だに10万円超えの値段が付くことが当たり前です。それでは試しに、貝類コレクターの間で有名な鳥羽水族館のネットショップを見てみましょう。思わずビビってしまうような高価な貝がごろごろしていますが、そのなかでも大型で重厚な貝殻と美しい模様を誇る、まさにタカラガイ貝の王様といるオウサマダカラ(学名Lyncina leucodon)には、20万円の値が付けられています…!かつては世界に10個体も採集されていないという種も多く、それこそ一個体で新車が一台買えるような信じられない値段が付けられていたこともあったそうです。ところが、現在は、フィリピンを中心とした幾つかの国で貝類コレクター向けに採集を行う漁師や業者が存在しており、価値の高い種(=流通量の少ない種)の乱獲→流通量が激増→値段が急落、といったことも起きているようです。現代のタカラガイ相場は朝令暮改さながらで、まさに複雑怪奇です。しかし、これが人間の「蒐集(しゅうしゅう)する」という行為の本質なのかもしれません。なぜなら、全く同じようなことがいたるところで起きているからです。例えば、昆虫コレクター、蘭(ラン科植物)コレクターなんかはコレクター市場も大きく、もっと熾烈な争い(!?)が繰り広げられています。 物事の価値は人間が決めるものかもしれませんが、そこに経済活動が関与することで、価値が決まる過程は複雑化します。おそらく、こんな奇妙なことがまかり通るのも宇宙広しとはいえ人間の世界だけかもしれません。こういった人間が織りなす自然との関わり合いの奇妙さも、生物を勉強する面白さの一つなのではないかと思います。 執筆者 河村 伊織
タカラガイの世界
 今回は、個人的にマニアックでディープだなと常々感じている「タカラガイ」を取り巻く世界についてのあれこれを、生物学的にだけでなく歴史や文化の面からも読み解いてみたいと思います。まず基本的な情報から見てみましょう。タカラガイは、軟体動物門タカラガイ科に属する貝類のことを指します。 熱帯・亜熱帯を中心に世界中に広く分布する貝類で、現在では約230種、日本からは90種弱が知られています。タカラガイの特徴は何といっても光沢のある表面と複雑な模様を持つ貝殻で、まさに海の宝石かのような美しさを誇ります。
筆者所有の沖縄産タカラガイのコレクション37種
タカラガイの生物学 〜外套膜の不思〜 なぜタカラガイは「光沢のある表面と複雑な模様の貝殻」を持つのでしょうか?その答えは「外套膜(がいとうまく)」と呼ばれる軟組織にあります。多くのタカラガイは夜間になると隠れていた穴から外に出て歩きまわりますが、その際に、この「外套膜」で貝殻全体を覆い隠すのです。これにより、貝殻が美しさを失う原因となる表面の傷、藻類やフジツボその他の生物の付着が妨げられるため、長く綺麗な状態を保つことができるのです。しかし、貝殻表面に着く汚れは、時に生存していく上で必要な場合もあります。例えば、傷や藻類が付いた貝殻は周囲の環境に視覚的に同化することで捕食者に見つかることを避けることができます。ですが、ご心配なく。タカラガイにだって策があります。タカラガイは「外套膜」が複雑な表面形状と模様を再現することで周囲に同化します。その擬態っぷりは徹底しており、「外套膜」を広げた個体を見つけることは非常に困難です。
日本最大種ムラクモダカラ
外套膜を広げたムラクモダカラ
タカラガイの親戚「ウミウサギ」 「ウミウサギ」は生物学的にはタカラガイに近い仲間とされ、同じく外套膜で貝殻を覆う特徴から美しい貝殻を持つことで知られています。ウミウサギはほとんどの種がソフトコーラル(柔らかいサンゴの仲間、八放サンゴ亜綱)の上に生息し、それを食べます。
左からセムシウサギとマメウサギ
ソフトコーラル(ウミトサカの仲間)上に住むセムシウサギのつがい
ソフトコーラル(ヤギの仲間)上に住むツマニケボリ ソフトコーラル(ヤギの仲間)上に住むチヂワケボリ
ウミウサギは、一生ほとんどをソフトコーラルの上で過ごすため、ソフトコーラルを模した擬態はタカラガイ以上に本気度が高く、見た目はそっくりです。まさに衣・食・住全てがソフトコーラルに依存している興味深い例といえるでしょう。ほとんどの種がソフトコーラル(柔らかいサンゴの仲間、八放サンゴ亜綱)の上に生息し、それを食べます。ウミウサギは、一生ほとんどをソフトコーラルの上で過ごすため、ソフトコーラルを模した擬態はタカラガイ以上に本気度が高く、見た目はそっくりです。まさに衣・食・住全てがソフトコーラルに依存している興味深い例といえるでしょう。 タカラガイを取り巻く文化・歴史 タカラガイという名称はその名の通り「宝」の「貝」を意味し、かつてはアフリカ・インド・中国・太平洋の各地で通貨として用いられていました。通貨としてもっともよく利用されていたキイロダカラは、それにちなんで、学名Monetaria monetaの種小名monetaがmoney(通貨)を表しています。また、タカラガイがかつてお金として重用されたことから、金銭に関わる漢字には貝(カイ)偏(へん)がつくことが多いのです(例:貸、貯、財、貢、買、費、購、賭、貿、賄賂)。 一般にも知られているタカラガイのエピソードはまだまだ他にもあります。例えば、日本最古のおとぎ話である「竹取物語」にタカラガイが登場していることは有名です。作中で、かぐや姫が自らに求婚してきた男性達に持参するよう求めた五つの難題「仏の御石の鉢」、「蓬莱の玉の枝」、「火鼠の裘(かわごろも)」、「龍の首の珠」、「燕の産んだ子安貝」のうち、「子安貝」がタカラガイのことを指しています。「子安貝」とは一説にその形状が妊婦の腹のようであることや、下面から見ると女性器や目を連想させることから「安産をもたらす貝」を意味しているとされ、縁起物として大変重宝されたそうです。 現在におけるタカラガイの価値 タカラガイの美しさには確かに人々を魅了させる力があります。そして時にその美しさは人々を狂わせる(!?)ほどです。というのも、貝類のコレクションを趣味とする方々の間では、美しく、かつ手頃な種数(=集めやすい、分類しやすい)であるタカラガイはまさにコレクションの花形で、自分の自慢のコレクションに加えるために大枚をはたく人が少なくないのです。ヨーロッパやアメリカでは、タカラガイが貝類コレクターのマーケットに大量に流通しており、希少価値の高い種に関しては未だに10万円超えの値段が付くことが当たり前です。それでは試しに、貝類コレクターの間で有名な鳥羽水族館のネットショップを見てみましょう。思わずビビってしまうような高価な貝がごろごろしていますが、そのなかでも大型で重厚な貝殻と美しい模様を誇る、まさにタカラガイ貝の王様といるオウサマダカラ(学名Lyncina leucodon)には、20万円の値が付けられています…!かつては世界に10個体も採集されていないという種も多く、それこそ一個体で新車が一台買えるような信じられない値段が付けられていたこともあったそうです。ところが、現在は、フィリピンを中心とした幾つかの国で貝類コレクター向けに採集を行う漁師や業者が存在しており、価値の高い種(=流通量の少ない種)の乱獲→流通量が激増→値段が急落、といったことも起きているようです。現代のタカラガイ相場は朝令暮改さながらで、まさに複雑怪奇です。しかし、これが人間の「蒐集(しゅうしゅう)する」という行為の本質なのかもしれません。なぜなら、全く同じようなことがいたるところで起きているからです。例えば、昆虫コレクター、蘭(ラン科植物)コレクターなんかはコレクター市場も大きく、もっと熾烈な争い(!?)が繰り広げられています。 物事の価値は人間が決めるものかもしれませんが、そこに経済活動が関与することで、価値が決まる過程は複雑化します。おそらく、こんな奇妙なことがまかり通るのも宇宙広しとはいえ人間の世界だけかもしれません。こういった人間が織りなす自然との関わり合いの奇妙さも、生物を勉強する面白さの一つなのではないかと思います。 執筆者 河村 伊織