ニュースレター「サンゴ礁の自然環境」

2015年6月号

月夜に始まるサンゴの産卵とその研究

 (a) 桶に移したミドリイシのバンドルを集める研究者たち。 (b) 回収したバンドル。卵は水面に浮き、海水は精子で白濁している。(c) バンドルの顕微鏡写真の撮影を行う研究者。(d) 産卵の様子を記録する研究者。 産卵後もサンゴから放出されたバンドルを回収して卵と精子に分けたり、それらを必要な分だけ掛けあわせて受精させたり、受精後はこまめに海水の交換を行ったりと、時にその作業は朝まで続くこともあります。このタイミングを逃すと次にサンプルを用意できるのは来年になってしまうため、皆必死に準備を行います。 沖縄ではニュースになるほどの一大イベントでもあるサンゴの産卵。サンゴ研究者にとっては好奇心をくすぐる研究の始まりの報せでもあります。サンゴの産卵についてはまだまだわからないことだらけではありますが、それ故に多くの研究者の興味を引きつけて止みません。どんな新しい発見があるのか、今後の研究がとても楽しみですね。 執筆者 仲栄真 礁
 真っ暗な海の中を漂ういくつもの小さく丸いピンク色の玉。ダイバーが握るライトに照らされながらゆらゆらと水面へと向かって浮かび上がっていく。そんな幻想的なサンゴの産卵シーンの映像をニュースで見たことはありませんか?沖縄に生息するミドリイシ属のサンゴ(以下、ミドリイシと表記)の多くは、5月・6月の大潮の時期に産卵を行います。今回はこのミドリイシをはじめとするサンゴの産卵についてご紹介したいと思います。 サンゴのオスメス事情 産卵の際にミドリイシが放出するピンク色のつぶつぶ。これは卵だけではなく、実は卵と精子をぎゅっとひとまとめにした塊で「バンドル」と呼ばれています。サンゴの体はポリプと呼ばれる個体がたくさん集まった群体を形成しており、バンドルはこのポリプ一つ一つから放出されます。放出されたいくつものバンドルは、水面まで浮かんだ後に崩れて卵と精子に分離し、他の群体が放出した卵・精子と混ざることで受精が起こります。さて、皆さんはお気づきになったでしょうか?バンドルに卵と精子の両方が入っているということは、ミドリイシは私達人間とは違って一つのポリプの中で卵と精子の両方を作れるということです。このように同一個体が卵と精子の両方を作る場合を、「雌雄同体」といいます。テレビや新聞ではよく「産卵」と表現されていますが、正確には「放卵放精」を行っていたのです。 その一方で、雄と雌がわかれているサンゴもいます。アザミサンゴの場合、卵を放出する雌群体と精子を放出する雄群体にわかれており、このように雌雄の機能が群体ごとにわかれている場合を「雌雄異体」と呼んでいます。そして、サンゴの中には性転換で自らの性を変えてしまう種類もいます。トゲクサビライシは体が小さいうちは雄として精子を作りますが、体が大きくなると雌へと性転換して卵を作るようになります。中間くらいの大きさだと雄から雌へ、雌から雄へと年ごとに性別を変える事例が観察されています。色や形が多様なサンゴですが、性のあり方も実に多様なのです。
 (a) 産卵直前のミドリイシの様子。ポリプの口にバンドルがセットされている。(b) 産卵開始直後の様子。一斉にバンドルの放出が始まる。(c) 水面を埋め尽くすバンドル。精子が分離して海水が濁っている。(d) 放出されたバンドル。よく見ると複数の卵と精子の塊であることがわかる。 サンゴの産卵研究の歴史 サンゴの繁殖様式は、「放卵放精型」と「プラヌラ保育型」の大きく2種類に分類されます。放卵放精型は先に述べたように卵や精子を放出して海水中で受精を行うタイプです。一方のプラヌラ保育型は、体内で受精を行い、受精卵をプラヌラ幼生まで育ててから体外へ放出します。 テレビでよく見るようなサンゴの一斉産卵については、1984年のScience誌に最初の報告が掲載されました。この論文では、1981年と1982年にオーストラリアのグレートバリアリーフでサンゴの放卵放精を観察した結果、32種のサンゴが同じ時期に放卵放精を行っており、また、卵と精子が海水中で受精してプラヌラ幼生まで発生が進むことが報告されました。この報告以前には、46種のサンゴがプラヌラ保育型であることが確認されており、卵や精子の放出は実験室レベルで観察されていた程度でした。そのため、サンゴの繁殖様式はプラヌラ保育型が主であると考えられていたようです。ところが、この論文を含むその後のいくつかの報告により、100種以上のサンゴが放卵放精型であることがわかりました。サンゴの一斉産卵は今ではよく知られている現象ですが、それが科学的に報告されてからまだ30年ほどしか経っていません。そのため、サンゴがどうやって月の周期を認識しているのか、どうやって他の群体とタイミングを合わせるのか、どんな物質が海水中で精子を卵へ誘引しているのか、まだまだわかっていないことがたくさんあります。 産卵の季節は研究の季節 サンゴの繁殖について研究している研究者やプラヌラ幼生を使った実験をする研究者にとって、サンゴの産卵の季節はとても忙しい時期でもあります。沖縄の場合、ミドリイシの仲間はだいたい同じ時期に一斉に産卵しますが、生息地域によっては数日のずれが見られます。また、産卵を行うおおよその時期は把握できるのですが、ピンポイントでどの日に産むのかはわかりません。そのため、産卵に遭遇するために毎晩準備をし、こまめに水槽の中のサンゴの様子をうかがったり、場合によっては毎晩海へ潜ったりして産卵の兆候がないか確認する必要があります。ミドリイシの産卵は夜11時〜12時ごろに見られることが多いので、毎晩遅くまで起きて産卵に備えなければなりません。
 (a) 桶に移したミドリイシのバンドルを集める研究者たち。 (b) 回収したバンドル。卵は水面に浮き、海水は精子で白濁している。(c) バンドルの顕微鏡写真の撮影を行う研究者。(d) 産卵の様子を記録する研究者。 産卵後もサンゴから放出されたバンドルを回収して卵と精子に分けたり、それらを必要な分だけ掛けあわせて受精させたり、受精後はこまめに海水の交換を行ったりと、時にその作業は朝まで続くこともあります。このタイミングを逃すと次にサンプルを用意できるのは来年になってしまうため、皆必死に準備を行います。 沖縄ではニュースになるほどの一大イベントでもあるサンゴの産卵。サンゴ研究者にとっては好奇心をくすぐる研究の始まりの報せでもあります。サンゴの産卵についてはまだまだわからないことだらけではありますが、それ故に多くの研究者の興味を引きつけて止みません。どんな新しい発見があるのか、今後の研究がとても楽しみですね。 執筆者 仲栄真 礁
 真っ暗な海の中を漂ういくつもの小さく丸いピンク色の玉。ダイバーが握るライトに照らされながらゆらゆらと水面へと向かって浮かび上がっていく。そんな幻想的なサンゴの産卵シーンの映像をニュースで見たことはありませんか?沖縄に生息するミドリイシ属のサンゴ(以下、ミドリイシと表記)の多くは、5月・6月の大潮の時期に産卵を行います。今回はこのミドリイシをはじめとするサンゴの産卵についてご紹介したいと思います。 サンゴのオスメス事情 産卵の際にミドリイシが放出するピンク色のつぶつぶ。これは卵だけではなく、実は卵と精子をぎゅっとひとまとめにした塊で「バンドル」と呼ばれています。サンゴの体はポリプと呼ばれる個体がたくさん集まった群体を形成しており、バンドルはこのポリプ一つ一つから放出されます。放出されたいくつものバンドルは、水面まで浮かんだ後に崩れて卵と精子に分離し、他の群体が放出した卵・精子と混ざることで受精が起こります。さて、皆さんはお気づきになったでしょうか?バンドルに卵と精子の両方が入っているということは、ミドリイシは私達人間とは違って一つのポリプの中で卵と精子の両方を作れるということです。このように同一個体が卵と精子の両方を作る場合を、「雌雄同体」といいます。テレビや新聞ではよく「産卵」と表現されていますが、正確には「放卵放精」を行っていたのです。 その一方で、雄と雌がわかれているサンゴもいます。アザミサンゴの場合、卵を放出する雌群体と精子を放出する雄群体にわかれており、このように雌雄の機能が群体ごとにわかれている場合を「雌雄異体」と呼んでいます。そして、サンゴの中には性転換で自らの性を変えてしまう種類もいます。トゲクサビライシは体が小さいうちは雄として精子を作りますが、体が大きくなると雌へと性転換して卵を作るようになります。中間くらいの大きさだと雄から雌へ、雌から雄へと年ごとに性別を変える事例が観察されています。色や形が多様なサンゴですが、性のあり方も実に多様なのです。
 (a) 産卵直前のミドリイシの様子。ポリプの口にバンドルがセットされている。(b) 産卵開始直後の様子。一斉にバンドルの放出が始まる。(c) 水面を埋め尽くすバンドル。精子が分離して海水が濁っている。(d) 放出されたバンドル。よく見ると複数の卵と精子の塊であることがわかる。 サンゴの産卵研究の歴史 サンゴの繁殖様式は、「放卵放精型」と「プラヌラ保育型」の大きく2種類に分類されます。放卵放精型は先に述べたように卵や精子を放出して海水中で受精を行うタイプです。一方のプラヌラ保育型は、体内で受精を行い、受精卵をプラヌラ幼生まで育ててから体外へ放出します。 テレビでよく見るようなサンゴの一斉産卵については、1984年のScience誌に最初の報告が掲載されました。この論文では、1981年と1982年にオーストラリアのグレートバリアリーフでサンゴの放卵放精を観察した結果、32種のサンゴが同じ時期に放卵放精を行っており、また、卵と精子が海水中で受精してプラヌラ幼生まで発生が進むことが報告されました。この報告以前には、46種のサンゴがプラヌラ保育型であることが確認されており、卵や精子の放出は実験室レベルで観察されていた程度でした。そのため、サンゴの繁殖様式はプラヌラ保育型が主であると考えられていたようです。ところが、この論文を含むその後のいくつかの報告により、100種以上のサンゴが放卵放精型であることがわかりました。サンゴの一斉産卵は今ではよく知られている現象ですが、それが科学的に報告されてからまだ30年ほどしか経っていません。そのため、サンゴがどうやって月の周期を認識しているのか、どうやって他の群体とタイミングを合わせるのか、どんな物質が海水中で精子を卵へ誘引しているのか、まだまだわかっていないことがたくさんあります。 産卵の季節は研究の季節 サンゴの繁殖について研究している研究者やプラヌラ幼生を使った実験をする研究者にとって、サンゴの産卵の季節はとても忙しい時期でもあります。沖縄の場合、ミドリイシの仲間はだいたい同じ時期に一斉に産卵しますが、生息地域によっては数日のずれが見られます。また、産卵を行うおおよその時期は把握できるのですが、ピンポイントでどの日に産むのかはわかりません。そのため、産卵に遭遇するために毎晩準備をし、こまめに水槽の中のサンゴの様子をうかがったり、場合によっては毎晩海へ潜ったりして産卵の兆候がないか確認する必要があります。ミドリイシの産卵は夜11時〜12時ごろに見られることが多いので、毎晩遅くまで起きて産卵に備えなければなりません。
 (a) 桶に移したミドリイシのバンドルを集める研究者たち。 (b) 回収したバンドル。卵は水面に浮き、海水は精子で白濁している。(c) バンドルの顕微鏡写真の撮影を行う研究者。(d) 産卵の様子を記録する研究者。 産卵後もサンゴから放出されたバンドルを回収して卵と精子に分けたり、それらを必要な分だけ掛けあわせて受精させたり、受精後はこまめに海水の交換を行ったりと、時にその作業は朝まで続くこともあります。このタイミングを逃すと次にサンプルを用意できるのは来年になってしまうため、皆必死に準備を行います。 沖縄ではニュースになるほどの一大イベントでもあるサンゴの産卵。サンゴ研究者にとっては好奇心をくすぐる研究の始まりの報せでもあります。サンゴの産卵についてはまだまだわからないことだらけではありますが、それ故に多くの研究者の興味を引きつけて止みません。どんな新しい発見があるのか、今後の研究がとても楽しみですね。 執筆者 仲栄真 礁
 真っ暗な海の中を漂ういくつもの小さく丸いピンク色の玉。ダイバーが握るライトに照らされながらゆらゆらと水面へと向かって浮かび上がっていく。そんな幻想的なサンゴの産卵シーンの映像をニュースで見たことはありませんか?沖縄に生息するミドリイシ属のサンゴ(以下、ミドリイシと表記)の多くは、5月・6月の大潮の時期に産卵を行います。今回はこのミドリイシをはじめとするサンゴの産卵についてご紹介したいと思います。 サンゴのオスメス事情 産卵の際にミドリイシが放出するピンク色のつぶつぶ。これは卵だけではなく、実は卵と精子をぎゅっとひとまとめにした塊で「バンドル」と呼ばれています。サンゴの体はポリプと呼ばれる個体がたくさん集まった群体を形成しており、バンドルはこのポリプ一つ一つから放出されます。放出されたいくつものバンドルは、水面まで浮かんだ後に崩れて卵と精子に分離し、他の群体が放出した卵・精子と混ざることで受精が起こります。さて、皆さんはお気づきになったでしょうか?バンドルに卵と精子の両方が入っているということは、ミドリイシは私達人間とは違って一つのポリプの中で卵と精子の両方を作れるということです。このように同一個体が卵と精子の両方を作る場合を、「雌雄同体」といいます。テレビや新聞ではよく「産卵」と表現されていますが、正確には「放卵放精」を行っていたのです。 その一方で、雄と雌がわかれているサンゴもいます。アザミサンゴの場合、卵を放出する雌群体と精子を放出する雄群体にわかれており、このように雌雄の機能が群体ごとにわかれている場合を「雌雄異体」と呼んでいます。そして、サンゴの中には性転換で自らの性を変えてしまう種類もいます。トゲクサビライシは体が小さいうちは雄として精子を作りますが、体が大きくなると雌へと性転換して卵を作るようになります。中間くらいの大きさだと雄から雌へ、雌から雄へと年ごとに性別を変える事例が観察されています。色や形が多様なサンゴですが、性のあり方も実に多様なのです。
 (a) 産卵直前のミドリイシの様子。ポリプの口にバンドルがセットされている。(b) 産卵開始直後の様子。一斉にバンドルの放出が始まる。(c) 水面を埋め尽くすバンドル。精子が分離して海水が濁っている。(d) 放出されたバンドル。よく見ると複数の卵と精子の塊であることがわかる。 サンゴの産卵研究の歴史 サンゴの繁殖様式は、「放卵放精型」と「プラヌラ保育型」の大きく2種類に分類されます。放卵放精型は先に述べたように卵や精子を放出して海水中で受精を行うタイプです。一方のプラヌラ保育型は、体内で受精を行い、受精卵をプラヌラ幼生まで育ててから体外へ放出します。 テレビでよく見るようなサンゴの一斉産卵については、1984年のScience誌に最初の報告が掲載されました。この論文では、1981年と1982年にオーストラリアのグレートバリアリーフでサンゴの放卵放精を観察した結果、32種のサンゴが同じ時期に放卵放精を行っており、また、卵と精子が海水中で受精してプラヌラ幼生まで発生が進むことが報告されました。この報告以前には、46種のサンゴがプラヌラ保育型であることが確認されており、卵や精子の放出は実験室レベルで観察されていた程度でした。そのため、サンゴの繁殖様式はプラヌラ保育型が主であると考えられていたようです。ところが、この論文を含むその後のいくつかの報告により、100種以上のサンゴが放卵放精型であることがわかりました。サンゴの一斉産卵は今ではよく知られている現象ですが、それが科学的に報告されてからまだ30年ほどしか経っていません。そのため、サンゴがどうやって月の周期を認識しているのか、どうやって他の群体とタイミングを合わせるのか、どんな物質が海水中で精子を卵へ誘引しているのか、まだまだわかっていないことがたくさんあります。 産卵の季節は研究の季節 サンゴの繁殖について研究している研究者やプラヌラ幼生を使った実験をする研究者にとって、サンゴの産卵の季節はとても忙しい時期でもあります。沖縄の場合、ミドリイシの仲間はだいたい同じ時期に一斉に産卵しますが、生息地域によっては数日のずれが見られます。また、産卵を行うおおよその時期は把握できるのですが、ピンポイントでどの日に産むのかはわかりません。そのため、産卵に遭遇するために毎晩準備をし、こまめに水槽の中のサンゴの様子をうかがったり、場合によっては毎晩海へ潜ったりして産卵の兆候がないか確認する必要があります。ミドリイシの産卵は夜11時〜12時ごろに見られることが多いので、毎晩遅くまで起きて産卵に備えなければなりません。
 (a) 桶に移したミドリイシのバンドルを集める研究者たち。 (b) 回収したバンドル。卵は水面に浮き、海水は精子で白濁している。(c) バンドルの顕微鏡写真の撮影を行う研究者。(d) 産卵の様子を記録する研究者。 産卵後もサンゴから放出されたバンドルを回収して卵と精子に分けたり、それらを必要な分だけ掛けあわせて受精させたり、受精後はこまめに海水の交換を行ったりと、時にその作業は朝まで続くこともあります。このタイミングを逃すと次にサンプルを用意できるのは来年になってしまうため、皆必死に準備を行います。 沖縄ではニュースになるほどの一大イベントでもあるサンゴの産卵。サンゴ研究者にとっては好奇心をくすぐる研究の始まりの報せでもあります。サンゴの産卵についてはまだまだわからないことだらけではありますが、それ故に多くの研究者の興味を引きつけて止みません。どんな新しい発見があるのか、今後の研究がとても楽しみですね。 執筆者 仲栄真 礁
 真っ暗な海の中を漂ういくつもの小さく丸いピンク色の玉。ダイバーが握るライトに照らされながらゆらゆらと水面へと向かって浮かび上がっていく。そんな幻想的なサンゴの産卵シーンの映像をニュースで見たことはありませんか?沖縄に生息するミドリイシ属のサンゴ(以下、ミドリイシと表記)の多くは、5月・6月の大潮の時期に産卵を行います。今回はこのミドリイシをはじめとするサンゴの産卵についてご紹介したいと思います。 サンゴのオスメス事情 産卵の際にミドリイシが放出するピンク色のつぶつぶ。これは卵だけではなく、実は卵と精子をぎゅっとひとまとめにした塊で「バンドル」と呼ばれています。サンゴの体はポリプと呼ばれる個体がたくさん集まった群体を形成しており、バンドルはこのポリプ一つ一つから放出されます。放出されたいくつものバンドルは、水面まで浮かんだ後に崩れて卵と精子に分離し、他の群体が放出した卵・精子と混ざることで受精が起こります。さて、皆さんはお気づきになったでしょうか?バンドルに卵と精子の両方が入っているということは、ミドリイシは私達人間とは違って一つのポリプの中で卵と精子の両方を作れるということです。このように同一個体が卵と精子の両方を作る場合を、「雌雄同体」といいます。テレビや新聞ではよく「産卵」と表現されていますが、正確には「放卵放精」を行っていたのです。 その一方で、雄と雌がわかれているサンゴもいます。アザミサンゴの場合、卵を放出する雌群体と精子を放出する雄群体にわかれており、このように雌雄の機能が群体ごとにわかれている場合を「雌雄異体」と呼んでいます。そして、サンゴの中には性転換で自らの性を変えてしまう種類もいます。トゲクサビライシは体が小さいうちは雄として精子を作りますが、体が大きくなると雌へと性転換して卵を作るようになります。中間くらいの大きさだと雄から雌へ、雌から雄へと年ごとに性別を変える事例が観察されています。色や形が多様なサンゴですが、性のあり方も実に多様なのです。
 (a) 産卵直前のミドリイシの様子。ポリプの口にバンドルがセットされている。(b) 産卵開始直後の様子。一斉にバンドルの放出が始まる。(c) 水面を埋め尽くすバンドル。精子が分離して海水が濁っている。(d) 放出されたバンドル。よく見ると複数の卵と精子の塊であることがわかる。 サンゴの産卵研究の歴史 サンゴの繁殖様式は、「放卵放精型」と「プラヌラ保育型」の大きく2種類に分類されます。放卵放精型は先に述べたように卵や精子を放出して海水中で受精を行うタイプです。一方のプラヌラ保育型は、体内で受精を行い、受精卵をプラヌラ幼生まで育ててから体外へ放出します。 テレビでよく見るようなサンゴの一斉産卵については、1984年のScience誌に最初の報告が掲載されました。この論文では、1981年と1982年にオーストラリアのグレートバリアリーフでサンゴの放卵放精を観察した結果、32種のサンゴが同じ時期に放卵放精を行っており、また、卵と精子が海水中で受精してプラヌラ幼生まで発生が進むことが報告されました。この報告以前には、46種のサンゴがプラヌラ保育型であることが確認されており、卵や精子の放出は実験室レベルで観察されていた程度でした。そのため、サンゴの繁殖様式はプラヌラ保育型が主であると考えられていたようです。ところが、この論文を含むその後のいくつかの報告により、100種以上のサンゴが放卵放精型であることがわかりました。サンゴの一斉産卵は今ではよく知られている現象ですが、それが科学的に報告されてからまだ30年ほどしか経っていません。そのため、サンゴがどうやって月の周期を認識しているのか、どうやって他の群体とタイミングを合わせるのか、どんな物質が海水中で精子を卵へ誘引しているのか、まだまだわかっていないことがたくさんあります。 産卵の季節は研究の季節 サンゴの繁殖について研究している研究者やプラヌラ幼生を使った実験をする研究者にとって、サンゴの産卵の季節はとても忙しい時期でもあります。沖縄の場合、ミドリイシの仲間はだいたい同じ時期に一斉に産卵しますが、生息地域によっては数日のずれが見られます。また、産卵を行うおおよその時期は把握できるのですが、ピンポイントでどの日に産むのかはわかりません。そのため、産卵に遭遇するために毎晩準備をし、こまめに水槽の中のサンゴの様子をうかがったり、場合によっては毎晩海へ潜ったりして産卵の兆候がないか確認する必要があります。ミドリイシの産卵は夜11時〜12時ごろに見られることが多いので、毎晩遅くまで起きて産卵に備えなければなりません。
 (a) 桶に移したミドリイシのバンドルを集める研究者たち。 (b) 回収したバンドル。卵は水面に浮き、海水は精子で白濁している。(c) バンドルの顕微鏡写真の撮影を行う研究者。(d) 産卵の様子を記録する研究者。 産卵後もサンゴから放出されたバンドルを回収して卵と精子に分けたり、それらを必要な分だけ掛けあわせて受精させたり、受精後はこまめに海水の交換を行ったりと、時にその作業は朝まで続くこともあります。このタイミングを逃すと次にサンプルを用意できるのは来年になってしまうため、皆必死に準備を行います。 沖縄ではニュースになるほどの一大イベントでもあるサンゴの産卵。サンゴ研究者にとっては好奇心をくすぐる研究の始まりの報せでもあります。サンゴの産卵についてはまだまだわからないことだらけではありますが、それ故に多くの研究者の興味を引きつけて止みません。どんな新しい発見があるのか、今後の研究がとても楽しみですね。 執筆者 仲栄真 礁