ニュースレター「サンゴ礁の自然環境」

2016年2月号

沖縄の海への憧れから研究へ

2016年5月号

これであなたも魚通!?~方言から迫る沖縄の食用魚~

写真2. 沖縄の潮だまりでよく見られる生き物たち。 (左からツマジロナガウニ, クモヒトデの仲間, クロナマコ)  執筆者 国広 潮里
 私は現在、琉球大学大学院理工学研究科の博士課程1年生です。1年前に神戸の甲南大学大学院修士課程を卒業し、念願の沖縄に来ました。神戸で生まれ育った私が沖縄の海に憧れて、その憧れが研究になるまでのお話をさせて頂きたいと思います。 私は1歳頃から12歳まで、毎年夏に沖縄に家族旅行に来ており、沖縄が大好きでした。『沖縄旅行』と聞くと、ビーチで泳いだり、観光名所を巡ったり、おいしいものを食べに行ったり…と想像される方が多いかと思います。しかし、約10年以上あった私の沖縄旅行の中で、観光地に行ったことはほとんどありませんでした。私の沖縄旅行は、”北部にあるペンションで1週間ほど過ごす”という至ってシンプルなものでした。ペンションの裏には海があり、沖縄にいる間のほとんどは、地元の子供たちと海で遊んで過ごしていました。中でも、潮の引いた海で生き物を探すことが楽しく、ペンションに着くとすぐに海へと走っていました。干潮時に海に行くと、くるぶしぐらいから腰あたりまでの水位の潮だまりが無数にできており、その一つ一つに数え切れないほどの生物が取り残されていました。足の踏み場もないほど多くのナマコや踏んで痛い思いをさせられるウニ、捕まえられそうで捕まえられない小さなハゼ、熱帯魚の気を引くにはもってこいのヤドカリ、、、中でも、初めてクモヒトデを見たときは、その奇妙な姿にショックで泣いたことを覚えています。一つの小さなプールにたくさんの生き物が存在する潮だまりを覗くと、違う世界を見ているような気分になれました。
写真1. 子供の頃に遊んでいたペンション裏の潮だまり。
 ある時、神戸の自宅近くの海岸で、沖縄と同じように生き物をさがしたことがありました。しかし、そこにあるのは砂と小さな石ばかりで沖縄の海のような潮だまりがなく、ナマコが一匹も見当たらないし、ヤドカリも簡単に見つけられない。その時初めて、沖縄と神戸の海は“何かが違う”ということに気が付きました。この気づきは、ただ“沖縄の海は生き物が多くて楽しい”と感じていただけの子供時代から、“沖縄の海はどうして生き物が多いのだろう“という疑問へと変わっていきました。それが今、“沖縄の海の生物多様性が研究したい”と思うようになったきっかけになったのだと思います。 中学・高校時代も相変わらず海洋生物が好きで、休みの日は水族館に通っていました。その後、甲南大学に進学しました。大学に入ってからは、須磨海浜水族園での淡水ガメやウミガメの調査、八重山諸島の黒島にある黒島研究所でのウミガメの調査に参加するなどの活動をしていました。これらの活動では、自分が学ぶだけでなく、一般の方に向けて調査のお話をする機会もあり、誰かに伝えることの楽しさや難しさを学ぶことができました。 4年生で卒業研究を行う研究室を選ぶとき、学部で唯一の海洋生物の研究を行っている研究室を迷わず選びました。そこでは、脊椎動物における研究のモデル動物として有名な海洋無脊椎動物のホヤを用いて、研究を行っていました。実験用のホヤは、臨海研究所から輸送されたものを使用するため、残念ながら自分で海に採りに行くことはほとんどありませんでした。しかし、輸送されるホヤの入っていた箱には、ウロコムシやウミウシ、ワレカラなど様々な生物が紛れていることがあり、ホヤ以外にも多くの生物を見ることができました。この小さな箱の中の生物多様性は、実際の海の生物多様性への憧れを膨らませていきました。 修士課程の最後の方では、やっぱり海洋生物を研究するなら、実際に海に行って、周囲の生物や環境の関係も含めた研究がしたい!と思うようになりました。そして、修士課程を修了するとき、子供の頃から憧れた沖縄の海のことを知るなら今しかない!と考え、現在の琉球大学大学院の博士課程に進みました。さらに、まだ研究例の少ない生物をターゲットにした研究がしたいと考え、修士課程の研究とは全く異なる研究を新たに始めました。沖縄での生活は私生活も研究生活もすべてが初挑戦で、毎日が新しい発見の連続で、とても充実した日々を過ごしています。 また、今では修学旅行の生徒に、沖縄の海と子供たちを繋ぐ立場であるガイドとしていられることに、とても感謝しています。沖縄の海がきれいなだけではなく、そこにはたくさんの生物がうまくバランスを保って生きていることを知ってもらい、地元に帰った時に、少し世界が違って見えるような気づきを持ってもらえるように頑張りたいと思います。
写真2. 沖縄の潮だまりでよく見られる生き物たち。 (左からツマジロナガウニ, クモヒトデの仲間, クロナマコ)  執筆者 国広 潮里
沖縄の海への憧れから研究へ
 私は現在、琉球大学大学院理工学研究科の博士課程1年生です。1年前に神戸の甲南大学大学院修士課程を卒業し、念願の沖縄に来ました。神戸で生まれ育った私が沖縄の海に憧れて、その憧れが研究になるまでのお話をさせて頂きたいと思います。 私は1歳頃から12歳まで、毎年夏に沖縄に家族旅行に来ており、沖縄が大好きでした。『沖縄旅行』と聞くと、ビーチで泳いだり、観光名所を巡ったり、おいしいものを食べに行ったり…と想像される方が多いかと思います。しかし、約10年以上あった私の沖縄旅行の中で、観光地に行ったことはほとんどありませんでした。私の沖縄旅行は、”北部にあるペンションで1週間ほど過ごす”という至ってシンプルなものでした。ペンションの裏には海があり、沖縄にいる間のほとんどは、地元の子供たちと海で遊んで過ごしていました。中でも、潮の引いた海で生き物を探すことが楽しく、ペンションに着くとすぐに海へと走っていました。干潮時に海に行くと、くるぶしぐらいから腰あたりまでの水位の潮だまりが無数にできており、その一つ一つに数え切れないほどの生物が取り残されていました。足の踏み場もないほど多くのナマコや踏んで痛い思いをさせられるウニ、捕まえられそうで捕まえられない小さなハゼ、熱帯魚の気を引くにはもってこいのヤドカリ、、、中でも、初めてクモヒトデを見たときは、その奇妙な姿にショックで泣いたことを覚えています。一つの小さなプールにたくさんの生き物が存在する潮だまりを覗くと、違う世界を見ているような気分になれました。
写真1. 子供の頃に遊んでいたペンション裏の潮だまり。
 ある時、神戸の自宅近くの海岸で、沖縄と同じように生き物をさがしたことがありました。しかし、そこにあるのは砂と小さな石ばかりで沖縄の海のような潮だまりがなく、ナマコが一匹も見当たらないし、ヤドカリも簡単に見つけられない。その時初めて、沖縄と神戸の海は“何かが違う”ということに気が付きました。この気づきは、ただ“沖縄の海は生き物が多くて楽しい”と感じていただけの子供時代から、“沖縄の海はどうして生き物が多いのだろう“という疑問へと変わっていきました。それが今、“沖縄の海の生物多様性が研究したい”と思うようになったきっかけになったのだと思います。 中学・高校時代も相変わらず海洋生物が好きで、休みの日は水族館に通っていました。その後、甲南大学に進学しました。大学に入ってからは、須磨海浜水族園での淡水ガメやウミガメの調査、八重山諸島の黒島にある黒島研究所でのウミガメの調査に参加するなどの活動をしていました。これらの活動では、自分が学ぶだけでなく、一般の方に向けて調査のお話をする機会もあり、誰かに伝えることの楽しさや難しさを学ぶことができました。 4年生で卒業研究を行う研究室を選ぶとき、学部で唯一の海洋生物の研究を行っている研究室を迷わず選びました。そこでは、脊椎動物における研究のモデル動物として有名な海洋無脊椎動物のホヤを用いて、研究を行っていました。実験用のホヤは、臨海研究所から輸送されたものを使用するため、残念ながら自分で海に採りに行くことはほとんどありませんでした。しかし、輸送されるホヤの入っていた箱には、ウロコムシやウミウシ、ワレカラなど様々な生物が紛れていることがあり、ホヤ以外にも多くの生物を見ることができました。この小さな箱の中の生物多様性は、実際の海の生物多様性への憧れを膨らませていきました。 修士課程の最後の方では、やっぱり海洋生物を研究するなら、実際に海に行って、周囲の生物や環境の関係も含めた研究がしたい!と思うようになりました。そして、修士課程を修了するとき、子供の頃から憧れた沖縄の海のことを知るなら今しかない!と考え、現在の琉球大学大学院の博士課程に進みました。さらに、まだ研究例の少ない生物をターゲットにした研究がしたいと考え、修士課程の研究とは全く異なる研究を新たに始めました。沖縄での生活は私生活も研究生活もすべてが初挑戦で、毎日が新しい発見の連続で、とても充実した日々を過ごしています。 また、今では修学旅行の生徒に、沖縄の海と子供たちを繋ぐ立場であるガイドとしていられることに、とても感謝しています。沖縄の海がきれいなだけではなく、そこにはたくさんの生物がうまくバランスを保って生きていることを知ってもらい、地元に帰った時に、少し世界が違って見えるような気づきを持ってもらえるように頑張りたいと思います。
写真2. 沖縄の潮だまりでよく見られる生き物たち。 (左からツマジロナガウニ, クモヒトデの仲間, クロナマコ)  執筆者 国広 潮里
 私は現在、琉球大学大学院理工学研究科の博士課程1年生です。1年前に神戸の甲南大学大学院修士課程を卒業し、念願の沖縄に来ました。神戸で生まれ育った私が沖縄の海に憧れて、その憧れが研究になるまでのお話をさせて頂きたいと思います。 私は1歳頃から12歳まで、毎年夏に沖縄に家族旅行に来ており、沖縄が大好きでした。『沖縄旅行』と聞くと、ビーチで泳いだり、観光名所を巡ったり、おいしいものを食べに行ったり…と想像される方が多いかと思います。しかし、約10年以上あった私の沖縄旅行の中で、観光地に行ったことはほとんどありませんでした。私の沖縄旅行は、”北部にあるペンションで1週間ほど過ごす”という至ってシンプルなものでした。ペンションの裏には海があり、沖縄にいる間のほとんどは、地元の子供たちと海で遊んで過ごしていました。中でも、潮の引いた海で生き物を探すことが楽しく、ペンションに着くとすぐに海へと走っていました。干潮時に海に行くと、くるぶしぐらいから腰あたりまでの水位の潮だまりが無数にできており、その一つ一つに数え切れないほどの生物が取り残されていました。足の踏み場もないほど多くのナマコや踏んで痛い思いをさせられるウニ、捕まえられそうで捕まえられない小さなハゼ、熱帯魚の気を引くにはもってこいのヤドカリ、、、中でも、初めてクモヒトデを見たときは、その奇妙な姿にショックで泣いたことを覚えています。一つの小さなプールにたくさんの生き物が存在する潮だまりを覗くと、違う世界を見ているような気分になれました。
写真1. 子供の頃に遊んでいたペンション裏の潮だまり。
 ある時、神戸の自宅近くの海岸で、沖縄と同じように生き物をさがしたことがありました。しかし、そこにあるのは砂と小さな石ばかりで沖縄の海のような潮だまりがなく、ナマコが一匹も見当たらないし、ヤドカリも簡単に見つけられない。その時初めて、沖縄と神戸の海は“何かが違う”ということに気が付きました。この気づきは、ただ“沖縄の海は生き物が多くて楽しい”と感じていただけの子供時代から、“沖縄の海はどうして生き物が多いのだろう“という疑問へと変わっていきました。それが今、“沖縄の海の生物多様性が研究したい”と思うようになったきっかけになったのだと思います。 中学・高校時代も相変わらず海洋生物が好きで、休みの日は水族館に通っていました。その後、甲南大学に進学しました。大学に入ってからは、須磨海浜水族園での淡水ガメやウミガメの調査、八重山諸島の黒島にある黒島研究所でのウミガメの調査に参加するなどの活動をしていました。これらの活動では、自分が学ぶだけでなく、一般の方に向けて調査のお話をする機会もあり、誰かに伝えることの楽しさや難しさを学ぶことができました。 4年生で卒業研究を行う研究室を選ぶとき、学部で唯一の海洋生物の研究を行っている研究室を迷わず選びました。そこでは、脊椎動物における研究のモデル動物として有名な海洋無脊椎動物のホヤを用いて、研究を行っていました。実験用のホヤは、臨海研究所から輸送されたものを使用するため、残念ながら自分で海に採りに行くことはほとんどありませんでした。しかし、輸送されるホヤの入っていた箱には、ウロコムシやウミウシ、ワレカラなど様々な生物が紛れていることがあり、ホヤ以外にも多くの生物を見ることができました。この小さな箱の中の生物多様性は、実際の海の生物多様性への憧れを膨らませていきました。 修士課程の最後の方では、やっぱり海洋生物を研究するなら、実際に海に行って、周囲の生物や環境の関係も含めた研究がしたい!と思うようになりました。そして、修士課程を修了するとき、子供の頃から憧れた沖縄の海のことを知るなら今しかない!と考え、現在の琉球大学大学院の博士課程に進みました。さらに、まだ研究例の少ない生物をターゲットにした研究がしたいと考え、修士課程の研究とは全く異なる研究を新たに始めました。沖縄での生活は私生活も研究生活もすべてが初挑戦で、毎日が新しい発見の連続で、とても充実した日々を過ごしています。 また、今では修学旅行の生徒に、沖縄の海と子供たちを繋ぐ立場であるガイドとしていられることに、とても感謝しています。沖縄の海がきれいなだけではなく、そこにはたくさんの生物がうまくバランスを保って生きていることを知ってもらい、地元に帰った時に、少し世界が違って見えるような気づきを持ってもらえるように頑張りたいと思います。
写真2. 沖縄の潮だまりでよく見られる生き物たち。 (左からツマジロナガウニ, クモヒトデの仲間, クロナマコ)  執筆者 国広 潮里
 私は現在、琉球大学大学院理工学研究科の博士課程1年生です。1年前に神戸の甲南大学大学院修士課程を卒業し、念願の沖縄に来ました。神戸で生まれ育った私が沖縄の海に憧れて、その憧れが研究になるまでのお話をさせて頂きたいと思います。 私は1歳頃から12歳まで、毎年夏に沖縄に家族旅行に来ており、沖縄が大好きでした。『沖縄旅行』と聞くと、ビーチで泳いだり、観光名所を巡ったり、おいしいものを食べに行ったり…と想像される方が多いかと思います。しかし、約10年以上あった私の沖縄旅行の中で、観光地に行ったことはほとんどありませんでした。私の沖縄旅行は、”北部にあるペンションで1週間ほど過ごす”という至ってシンプルなものでした。ペンションの裏には海があり、沖縄にいる間のほとんどは、地元の子供たちと海で遊んで過ごしていました。中でも、潮の引いた海で生き物を探すことが楽しく、ペンションに着くとすぐに海へと走っていました。干潮時に海に行くと、くるぶしぐらいから腰あたりまでの水位の潮だまりが無数にできており、その一つ一つに数え切れないほどの生物が取り残されていました。足の踏み場もないほど多くのナマコや踏んで痛い思いをさせられるウニ、捕まえられそうで捕まえられない小さなハゼ、熱帯魚の気を引くにはもってこいのヤドカリ、、、中でも、初めてクモヒトデを見たときは、その奇妙な姿にショックで泣いたことを覚えています。一つの小さなプールにたくさんの生き物が存在する潮だまりを覗くと、違う世界を見ているような気分になれました。
写真1. 子供の頃に遊んでいたペンション裏の潮だまり。
 ある時、神戸の自宅近くの海岸で、沖縄と同じように生き物をさがしたことがありました。しかし、そこにあるのは砂と小さな石ばかりで沖縄の海のような潮だまりがなく、ナマコが一匹も見当たらないし、ヤドカリも簡単に見つけられない。その時初めて、沖縄と神戸の海は“何かが違う”ということに気が付きました。この気づきは、ただ“沖縄の海は生き物が多くて楽しい”と感じていただけの子供時代から、“沖縄の海はどうして生き物が多いのだろう“という疑問へと変わっていきました。それが今、“沖縄の海の生物多様性が研究したい”と思うようになったきっかけになったのだと思います。 中学・高校時代も相変わらず海洋生物が好きで、休みの日は水族館に通っていました。その後、甲南大学に進学しました。大学に入ってからは、須磨海浜水族園での淡水ガメやウミガメの調査、八重山諸島の黒島にある黒島研究所でのウミガメの調査に参加するなどの活動をしていました。これらの活動では、自分が学ぶだけでなく、一般の方に向けて調査のお話をする機会もあり、誰かに伝えることの楽しさや難しさを学ぶことができました。 4年生で卒業研究を行う研究室を選ぶとき、学部で唯一の海洋生物の研究を行っている研究室を迷わず選びました。そこでは、脊椎動物における研究のモデル動物として有名な海洋無脊椎動物のホヤを用いて、研究を行っていました。実験用のホヤは、臨海研究所から輸送されたものを使用するため、残念ながら自分で海に採りに行くことはほとんどありませんでした。しかし、輸送されるホヤの入っていた箱には、ウロコムシやウミウシ、ワレカラなど様々な生物が紛れていることがあり、ホヤ以外にも多くの生物を見ることができました。この小さな箱の中の生物多様性は、実際の海の生物多様性への憧れを膨らませていきました。 修士課程の最後の方では、やっぱり海洋生物を研究するなら、実際に海に行って、周囲の生物や環境の関係も含めた研究がしたい!と思うようになりました。そして、修士課程を修了するとき、子供の頃から憧れた沖縄の海のことを知るなら今しかない!と考え、現在の琉球大学大学院の博士課程に進みました。さらに、まだ研究例の少ない生物をターゲットにした研究がしたいと考え、修士課程の研究とは全く異なる研究を新たに始めました。沖縄での生活は私生活も研究生活もすべてが初挑戦で、毎日が新しい発見の連続で、とても充実した日々を過ごしています。 また、今では修学旅行の生徒に、沖縄の海と子供たちを繋ぐ立場であるガイドとしていられることに、とても感謝しています。沖縄の海がきれいなだけではなく、そこにはたくさんの生物がうまくバランスを保って生きていることを知ってもらい、地元に帰った時に、少し世界が違って見えるような気づきを持ってもらえるように頑張りたいと思います。
写真2. 沖縄の潮だまりでよく見られる生き物たち。 (左からツマジロナガウニ, クモヒトデの仲間, クロナマコ)  執筆者 国広 潮里